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第258話 2年前

 中学生になって3年目に突入した。


 通い慣れてきた学校の最高学年になったからといって周りの何かが急激に変化するわけではない。

 部活なら先輩と呼びひたすら失礼のないように振る舞ってきた相手が軒並み卒業し、後輩と呼ばれる年下の生徒達に対してますます威厳を保たなきゃいけない立場になることだろう。と何の部に所属していない身ながら想像する。

 学業においても高校受験を意識すべき学年であるからにして、早い人は既に狙いの高校へ向けて受験勉強にいそしんでいる。ウチのクラスでも塾や予備校――この2つの違いはよくわからない――に通うのが心なしか増えた気もする。こっちも調べてないので勝手に想像しているだけ。想像するのは自由だから。


 ともあれ新たな学年を迎え、俺は夢想していた。

 モブとして生きるのに最適な道は何か、ということを。

 モブというのは作品や舞台においてその他大勢を指す用語だ。

 主人公なる人物およびその関連人物にフォーカスが当てられているの隅や背後にひっそりと紛れ込んでいる風景の一部分。

 たまたま主人公の周りにいて、主人公の視界に入らない動植物同然の存在。

 替えがいくらでもいるどころか替わっても誰も気に留めないただの石ころ。

 そんなモブの存在を俺は目指している。だって気楽だもん。


 モブが存在するからには、表で活躍する「主人公」が必ず存在する。

 人間誰しも自分の人生における主人公だという考えについては聞いたことがある。

 しかし、世間一般に受け入れられる人気の創作物に出てくるような、人様から多くの興味を持って見られる主人公となると何かしら際立った特徴を得てして抱えているものだと思う。

 失礼を承知で言えば俺のいるクラスにはそのような特異な人物は見当たらない。

 いや、もっと言えばこの中学校全体を見渡してもそんな主人公らしい人物を見たことがない。

 生徒や教師を一人一人つぶさに見て回ったわけではないのでひょっとしたら俺が見つけてないだけかもしれないが、そもそも世間一般に主人公と評されていいぐらい特異な人物であれば噂の形でとっくに小耳に挟んでいてもいいので、やっぱりそういう奴はいない可能性が高い。


 当然と言えば当然だ。

 主人公は周りよりずっと変わった存在だから成り立つのであり、変わった存在がそこかしこにいるという事態はそもそも矛盾している。

 公立中学校に所属する生徒なんてせいぜい数百人ぐらい。

 個人的な主観だが周りから主人公と見られるほどの逸材となれば数千人、ややもすれば数万人に一人ほどのものだろうから、一中学校に絞るだけでは見つけられないのも無理はない。むしろ見つかる方が奇跡だ。

 それに今の俺は何の取り柄もない影の薄い人物ゆえに日々目立つことなく過ごしている。

 わざわざ主人公なるものがいなくとも充分俺の欲求は満たしているのだろう。


 だが、俺は主人公を見出したかった。

 万一主人公が俺の傍にいれば、俺の周囲はその主人公に注目を集めることだろう。

 主人公の発する光におのずと惹き付けられるだろう。

 俺はその光が生んだ陰によってますますその存在感を薄めることができるような気がしたのだ。

 何より現実にそんな主人公的な存在を目の当たりにしたら純粋に人生が楽しいと思った。

 マンガやアニメの世界にしかいないような卓越した人がいるならその生き様を肉眼で見届けてみたい、という興味があった。


 俺はそういう主人公の登場を待った。

 待ち続けて2年が経過した。

 しかし、そんな主人公的な存在は現れなかった。

 自分でもまずいないと踏んでいたとはいえ、在学残り1年という段階で見つけられないとなるとさすがにれていた。

 校外で探す手も考えたが、俺達学生の活動の大半は校内。

 例え学校の外で主人公的な人に会えたとしても登校時や放課後、休日ぐらいしか接点がないのでは満足が行かない。


 そして俺は、一つの結論に至った。

 みずからの手で主人公を作り出せばいいのではないか、と。

 何も人体を一から練成するという話ではない。

 俺の考えでは主人公とは大抵の人が注目するような特異な設定を抱えている人物のことだ。

 ならば、元々何の変哲もない一般人であってもそんな変わった設定を付け足すことで疑似的に主人公を再現できるのではないか。

 その疑似的な主人公にいろいろ変わった事件を巻き起こすよう促せば面白い話が生まれるのではないか。

 俺はさりげなくそんな主人公の背景に収まることで理想のモブキャラになり得るのではないか。

 そんなアイデアが一度浮かぶと、それがまるで至上の妙案のように思えてきて今すぐに行動に移そうという意欲で頭が一杯になった。

 ずっと待ち続けても主人公が現れる可能性なんて元々どうしようもなく低いという懸念も、俺の新たな行動を後押ししていた。


 かくして目標を改めた俺はさっそく校内を巡った。

 何か目ぼしい存在はいないか。

 何か主人公に仕立てるのにうってつけの人材はいないか。

 目を皿にして俺の求める人物を探していると、とある二人の少女が目に付いた。



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