目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

封印と終戦

「断らせてもらおう」


 突如割り込んできた、これまではなかった声音。そいつは、セシールの背後で実体化したものだった。

 牝山羊と人間を掛け合わせたような、大柄な悪魔。

「バ……フォ……なぜ?」

 唇から血の筋を流しながら、セシールが苦しげに呻いた。彼女の腹を、悪魔の爪が貫通していたためだ。

「裏切ろうとしたろう。だから逝かせてやるのだ、ラッテンと二人でな」

 冷酷に裁いて、バフォメットと称された悪魔は凶器を引き抜く。

 どさりと、セシールが仰向けに倒れた。


「……ピエール」

 彼女も、天空の彼方を観賞するような眼差しで囁きを発した。

 それが、遺言になったようだった。――妖精であるがゆえか、亡骸が透明になりだしたのだ。


 新たな化け物の登場と、いきなりの決着。驚天動地の事態に、周囲で争っていた妖精も人間も徐々に核心へと注目しだしていた。

 なにかを悟ったらしいアンヌの悲鳴が木霊し、悲劇を防げなかったロドルフはなおも襲い来る間近の魔物に怒りをぶつけるしかなかった。


「き、貴様」怒号を上げたのはクロードだ。「修道院にいた悪魔だな、よくもセシールを!!」

「バフォメット! やっぱあんたが裏で糸を引いてたの!?」

 驚愕するスミエの指摘を無視して、バフォメットは未来人と遍歴騎士を睨む。

「貴様たちのせいで、第一と第二の計略が台無しだ。今度はこちらが勝利をつかませてもらう」

 慄然とする人間たちの面前で、バフォメットの身体は宙に浮く。背中からはコウモリのような翼が、羽ばたきもせずに大きく展開していた。


「冥土の土産に明かしてやろう。未来で妖精が魔法ごと存在を抹消されていると貴様らの密告者から教えられたからこそ、人類絶滅の計画が立案されたのだ。

 第三案として、ピエールとセシールを生贄とし、この魔法円を真に完成させることもできる。無論、彼らには秘密であった。二人には甘さがあったからな、人類も滅するとまでは教えていなかったのだよ。おまえたちも戦いで消耗したろう、もはや止められまい」

 彼は、街を俯瞰できるほどの高度に浮遊する。

 ハーメルンの円は、地震を伴って最大の鳴動をしだしていた。


「〝リュジニャン〟!」

 大牙を振るったクロードだが、効果はなかった。

「……こいつは、レイラインの魔法封じか!?」


 騎士たちは届かない的に悔しがり、魔術師たちも技を放出できなくなっている。

「矢だ! 弓矢で射抜こう!」

 ロドルフも、友人の仇に憤慨して指示した。弓を装備していた騎士たちも何人かおり、逆行する雨のように悪魔を狙撃する。


 が、


「無駄。我は神妖精に次ぐ超妖精ちょうようせいだ」

 高言するバフォッメット。不可視の壁のようなものに遮られ、矢は標的の直前で粉砕されるばかりだった。どうやら物理防御魔法も行使できるらしい。

「なぜだ!」クロードが狼狽する。「魔法封印の中にいれば、おまえも自由でないはず!!」

「スミエから聞いていないのか? 未来では人の魔法だけを封じているのだから、できて当然だろう!」

「くっ!」

 遍歴騎士は悔しがるしかない。

 もはやそれ以外の人類も黙って、全員で上空を仰ぐしかない状態に陥る。


「〝人身御供サバト〟。さあ、我らの勝利への礎となれ。人間ども!!」


「……ターゲットロック、リミッター解除」

 勝ち誇ったように両腕を広げる山羊悪魔の大言。そこに、異なる声音が重なった。

「ゼノンドライブ、完全解放。〝天照大神〟!!」


 ――スミエだった。


「なんだと!?」バフォメットは絶叫した。「魔法を封じたのだ、科学と掛け合わせねば機能しないはず……!!」


 すさまじいエネルギーの柱が発射された。宇宙の彼方まで貫通する一撃が、悪魔を直撃する。

 半端な防御魔法など瞬時に粉砕。雲海をぶち抜き、気圏を突破する光線。

 バフォメットの威容は、たちまち光彩の内部で薄らぎだす。


「ぐぬっ! ……こ、これで終いではない……ぞ……!!」

 無念そうに捨て台詞を吐き、悪魔は空中に霧散していった……。


 発光が治まると、術者を失った街の魔法円もじんわりと鎮まりだす。

「……ふう、打ち切り漫画みたいな断末魔ね」

 そこで溜め息をつき、標的に向けていた両手を下げてスミエは言ってやった。

「奴らに渡らなかったお蔭で、性質を学び尽くせてなかったみたい。ゼノンドライブはエネルギーを無限に増幅するから、僅かでも魔法を行使できる環境なら威力を充分な域にまで拡張できるのよ。魔法封じ自体が魔法なんだから」


 呆然としていた魔物たちは我に返った。指導者をなくし、彼らもだんだんと地に染み込むように妖精界へと撤収しだしたのだ。

 騎士や魔術師も、釈然としない様子ながら武器を収める。

 クロードとロドルフは、もはや複雑な心境で終戦を迎えるしかなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?