――風を切る音がマルクト広場を縦横無尽に飛び回っていた。
中央に立つスミエは身構え、音源を探ろうと躍起になっている。しかし、視認できるのは彼女を囲うように円陣を組んで戦う魔物と騎士ばかりだ。
時折そばを残像のようなものが高速で横切るが、瞬く間に消失する。
「くっ」スミエは毒づく。「ちょっとはじっとしなさいよッ! 忙しない女ね!」
「ふふふ」
そんな笑いで、残像は挑発する。
「これがあなたの欠点でしょう」セシールの声音だ。「あんなに強大な魔法を行使できるのに、ジョストでは直線上の的であるわたくしに放つのさえ苦労していましたからね。狙いや破壊力をうまく制御できないのだと見受けました」
「ええい、ままよ!」
図星に怯む未来人がやけくそのように放ったエネルギーの一撃は、光の柱となって青空に吸い込まれた。
せめて巻き込む犠牲の少ない空中を横切ったところを狙ったが、完全に的をはずしていた。
「スミエ、後ろだ!」
鋭い声を投げるロドルフ。ドラゴンと戦いつつふと向けた視線が、それを捉えたのだ。
スミエの背後。そこに、セシールが現れたのを。
「見事にはずしましたね。〝アンモン人の神たる憎むべきモレクの業火、ゲヘナ〟」
――呪詛と共に、彼女は自分の身体中を特大の火球で包んだ。トーナメント時の数倍の大きさだ。
攻撃に集中していた未来人は、バリアも張っていない。振り返った彼女の瞳に、魔力の光彩が飛び込んでくる。
と、一瞬で少女たちの周囲に凄まじい冷気が満ちた。
空気が凍り、たちまち火炎を鎮火する。
「なっ!」
怯むセシール。すかさずそこに向き直り、スミエは教えた。
「リミッター部分解除、〝
白い和服に白い肌、白髪だがうら若い乙女の妖怪が一瞬スミエに重なった。
放って回避されたのは熱エネルギーだったのだ。故に、ゼノンドライブの反作用を冷気として周辺に満たしたのである。
広範囲にもたらせば味方まで巻き込みかねなかったが、相手は自らを白熱させていたので体当たりのために肉薄するのを予期し、自分の身近に的を絞れた。
「あと」スミエは、状況を呑みきれずに固まるセシールへ強化したパンチを放つ。「高熱から一気に冷却された金属は――」
妖精少女の鋼鉄服の端が殴打で粉砕された。
「――脆くなってるはず、あなたの身体もね。あんな高速移動にはもう、耐えられないかも」
掲げた拳での二発目の構えで、未来少女は威嚇する。もはや、セシールは愕然とした表情で静止するしかなかった。
「どうやら、終わったらしいな」
いつのまにか、二人のすぐそばに瞬間移動してきたクロードが宣言した。
目を丸くしたものの、妖精は平静に尋ねる。
「ピエールは、どうしたの?」
「……死んだ」
正直に明答されて、セシールが強張った顔つきになった。
「あいつは斬られるのも覚悟で挑んできて、おれは臨終の間際に約束したんだ。人間界を、おまえとベンジーで暮らしたかったと思えるような世界にするとな」
「……そう」妖精少女が、面を伏せて呟く。「先に妖精界で待っているのね。わたくしたちにとっての死は、ただの終焉じゃない」
『こちらアンヌ』
そこに、遠方からの報告も響く。スマホのものだ。
スミエが携帯を耳に当てると、アンヌは続けた。
『東門手前の南への通路で、建物の壁に怪しい文章が刻まれているのを発見。ダンテ・アエギリーエの〝地獄の門〟の一節みたいね』
「ビンゴ!」
未来人が、指図の的中にサムズアップで喜ぶ。
「笛吹き男が演奏をしたとされることから、後世に〝舞楽禁制通り〟って呼ばれる位置よ。そこが
「片付いたな」クロードは、視線をセシールから逸らさなかった。「街を地獄に通じさせ、人間を始末する魔術を発動させるつもりだったか」
「改変して」
『了解。――〝義は尊き汝の創造力を動かし……』
即座にスミエが依頼すると、相手は返答して〝神曲〟と〝ニコデモ福音書〟の一節を用いた
『永遠の戸よ、閉じよ。栄光の王が命じられている。〟……終わったわ』
「くっ」妖精少女が口走る。「数百年の隔たりで、歴史が捏造されても形跡があったなんて。もっと学習しておくべきでした」
『セシール』
人間の姉が訴えた。
『あたくしはまだあなたを愛してる。もう投降して。姉さんが、過ちからできる限り護るから』
「……アンヌ……姉さま。……ごめん」
セシールは、一言だけしか懺悔できなかった。
ふっ、と妖精少女は妖力を弱める。金属のようだった肢体は、人間としての彼女に戻っていった。
「ここまでだな」
一連のやり取りでクロードは勝利を宣言し、納刀した。
「妖精たちに伝えてくれないか、平和的な解決手段を模索しようと。それが、ピエールの望みでもあったはずだ」