クロードの剣が石壁に突き刺さった。隣の民家から弾かれてきたのだ。
そこの屋根には、脇腹に刀傷を負ってうずくまるクロードがいた。
彼の喉元には刃が突きつけられている。
「どうだ」
角笛剣を持つピエールが勝ち誇った。
「妖力があればぼくが勝ると証明されたろう。いつかの夜みたいだがなにもかもが逆だな」
「本気か」
それでも、クロードはかつての追憶を胸に親友へと尋ねた。
「無論だ」答えは簡潔だった。「おまえの腕前なら読めるだろう。これで、終わりだ!」
「……そうだな」
まさしく。
振り上げられたピエールの刀剣は、紛れもない殺意を帯びてクロードの首筋を狙っていた。ここからではいくら素早く対処しても、普通に斬り合っては勝機もなさそうだ。
「〝
断罪の太刀筋が、三日月のような鋭利な弧を描いた刹那――。
あの晩の光景が脳内に灯った。
「〝リュジニャン――
詠唱したクロードは、ピエールの身体前面を斜めに斬り上げていた。
空間を断ち、瞬時にジョフロアの大牙を入手しての一閃だった。
「――がはっ」ピエールは血を吐き、膝をついた。「……な……ぜだ? こちらの方が、早かった……はず」
「……未来人のおとぎ話だ」
応答したクロードが痛みを堪えつつ代わりに立ち、刀身を振って血を払うと鞘に収めた。それから教える。
「宇宙――真空中では、音が伝わらないそうだ。自分を包んでいる大気を断って瞬間的に真空とし、攻撃時に音波になるという剣を無効化したんだよ」
「だ、だとしても。ぼくの身体能力についてこれなければ、意味はない、はず」
「静聴しないからだ」
見上げる友の瞳に耐え切れず、視線をそらしてクロードは明かす。
「もう騎士団では妖力に頼っていないと忠告したろう。人として鍛えておまえを超えていたんだ。おれの妖力は、ジョフロアの大牙に依存する。木刀で負かした夜に差は自明だった。そこに両者が同レベルの異能を取得しても、距離は縮まらない」
「なる、ほど。安心したよ」
文字通りの安堵の表情で、ピエールはうつ伏せに倒れる。
寸前に手放したパンの角笛剣は、下にした刃が屋根に刺さる直前で勝手に横になって落ちた。
「!」
クロードが目を見開くと、剣は三角屋根を転がり滑って落下する。勝者の騎士は端まで行って、敗者の武器の行方を見守った。
すると、そいつは地面にも刀身を下にしながら、着地するときはやはり奇妙に横倒しになった。そのまま変化して、角笛に戻って地中に吸い込まれるように溶けていく。
「なんだあれは? おまえ、まさかっ!」
「〝
慌ててピエールを顧みるクロードの疑問に、友は自嘲するように明示した。
「角笛剣には、本気で対象を斬ろうとしない限り命中寸前で自然と平打ちになる魔法をかけていたんだ。おまえにも致命傷は与えられなかったろうよ。……これで、出会ったときの借りは返したぞ」
「なっ、なんで今さらそんな」
「本気で決闘、したかったんだよ。敗れるつもりはなかったが、負けても悔いのないように……な」
彼の上体を抱え起こした親友へと、妖精騎士は告げる。
「ロドルフとアンヌが無事なのも計算していた。セシールは姉を侮って殺したつもりでいたが、ぼくにはわかったよ。あれでもシスターとしての鍛錬は怠っていなかったと。だから二人への攻撃は、相応の白魔術ができれば自分たちで傷を癒せる程度に留めた」
「バカ野郎が! そんな覚悟でおまえが息絶えたら、セシールはどうなる!?」
「ブリテンの伝説王アーサーと、同じさ」
天外を貫くような眼差しで、ピエールは継続する。
「妖精界の死は単純な臨終じゃない、ぼくは向こうで彼女と一緒になる。人に仇なしたことに悔いはない。なるべく穏やかな計画は提案したが、もう多くの人命を犠牲に子爵へ恨みを晴らしてしまった。才と希望が同一とも限らない。ぼくは、本当のところ聖職者になりたかったんだ。戦場での騎士の醜い振る舞い、落ちた騎士道、……うんざりだった」
「あちら側に望むものがあるとは限らないぞ、おれはおまえを生かすつもりだしな」
友を、クロードは肩に担いだ。歩きながらも、語りかける。
「こっちにいたいと思わせてやる、セシールにもな。あとで今日の愚行を中二病の黒歴史とやらとして恥ずかしがらせてやるよ、二人で人界に暮らせ。リュジニャンとは違って、うまくいった人と妖精の家系として名を残してやれ」
屋根から飛び降り、衝撃を斬りつつ着地する。腹部の傷の痛みなど、もう気にしてもいなかった。
「――未来までな!」
「ふっ、かっこつけやがって」
小走りに急ぎ、治癒魔法ができる白魔術師でも探そうとしたところで。ピエールは小さく笑声を漏らして口にした。
「……いいや。おまえが成し遂げて、ぼくがこっちにいればよかったと後悔するような世界を築いてみてくれ。なら、楽しみ……だ」
それから突然、親友ははっきりした口調で呟いた。
「クロード、あれが妖精の世界かな。流星群が、綺麗だ」
だらりと、彼の満身から生命力が蒸発したようだった。嫌な予感に足を止め、クロードは親友を降ろす。
「……ベンジー」
ピエールは、絶命していた。
見開かれたままの眼は、天上を凝視している。まるで、あの夜見逃した流れ星を探求するかのように。
……路地の傍らに亡骸を仰向けに寝せて目蓋を閉じさせ、いったんジョフロアの大牙を十字架に見立てて胸の前で握らせた。
かつての〝傷跡〟との戦いとは違った。妖力の真実はピエールも隠していたし、互いに全力でぶつかっての結末だ。あのときよりは、前進できたのかもしれない。
だからクロードは涙を堪え、新たに誓った。
「ああ、見せてやる。おまえが羨むような人間界をな」