ダイイチノの冒険者ギルドには、冒険者が依頼を待ったりパーティーを組んだりするスペースにテーブルと椅子が配置されていて、簡単な飲食もできる。
そんな一角。
「でね」女神はクルスの隣で愚痴っていた。「あたしが捜索を命じられた行方不明になってる神魔法はいくつか在りかの見当がついてきたんだけど、一つだけ全くわからないのがあって」
向かいの席では四郎と太田がコーヒーを飲んでいる。
「
「「ぶーっ!」」
二人が自分たちの方に飲料を噴射したので、クルスは魔法で軌道を変えて全部リインカに浴びせた。
「汚っ! なによ漫画みたいに噴き出して!」
当然、女神は怒る。
「す、すまん」
「申し訳ないでござる」
「もう、ちょっとお手洗いで拭いてくるわ!」
男たちは謝ったが、リインカはハンカチで服や身体を拭いながらトイレに向かった。
その姿が見えなくなってから、太田は隣人に持ち掛ける。
「いかがいたしますかね。拙者としては、素直に返却すべきかと」
「待ってくれ」四郎は首を振る。「転界に怪しいところがないか探るチャンスでもある」
「どうしよっかな~、ばらしちゃおっかな~♥」
いやらしい笑みでクルスは歌っていた。
前回、未開地域の未踏洞窟で、七魔大将の一角アルフレート・フォン・ベッケンバウアー卿から授与された神魔法、
ステータスには表示されず、まだ使ってはいないが本人は手足が動かせるのを自覚できるがごとく使えることを理解できるらしい。アルクビエレ・ドライブで切り離せるかも試したが不可能なようで、どうやら太田の隠し専用スキルと化しているみたいなのだ。
その件について相談すべく女神を呼んでみたのだが、来てそうそう彼女は仕事の不満をぶちまけだしたので、タイミングを逃していた。
同時に、二人とも別な使い方も考えだしていたのだ。
「大丈夫ですの? ご主人様、お嬢様」
そこに、聞き覚えのある声と容姿の給仕がやってきて、テーブルにこぼれたコーヒーをナプキンで拭き始めた。
他の店員は地味な制服だったが、彼女だけはフリルだらけのメイド服である。
「問題ない。すまないな……ん。ご主人様?」
ギルドの店員は決して用いない敬称に四郎が疑問を抱くと同時、太田は気付いた。
「メアリアン嬢! どうされたのですか、こんなお店で?」
まさしく、そこにいたのは女神メアリアンだった。
「ご無沙汰していますわ」
メイドはとっくに来訪者を把握していたのか、カーテシーをするや平然と答える。
「思えば異世界でメイドをするなら、すでに魔王がいないダイイチノでよいのではないかと。いずれあたくしのお店を持つのを目標に、バイトで資金と技術を会得させていただくことにしたんですの」
「あと、異世界ダイヨンノのシビアな現実とダイゴノのゴッドブリンの件で懲りたのよね」
後ろから、戻ってきた先輩女神のリインカが付け足す。様子から、彼女はメアリアンがここで働いていることを把握していたようだ。
「もう!」むくれて後輩は抗議する。「みなさま方の戦いぶりを拝見して、適材適所を自覚しただけですわ。あたくしは元来戦い向きの女神ではありませんし。ダイヨンノを救ったのもチートスキルでのごり押しですもの」
そういうことらしかった。
聞いて、四郎はますます返却という当初の案を改めていく。
戦闘に不向きな女神でさえ、世界の状況を把握するまでもなく魔王を倒せてしまうスキルを授与されるのが転界なのだ。
アルクビエレ・ドライブさえ、彼女たちに与えられたものである。
疑わしい部分があるなら、転界を調査できる可能性のある
「ところで」そこに、メアリアンはぶちこんできた。「先程は何のお話をされていたんですの? 転界に関連することのようでしたけれども」
固まる四郎と太田。
「うふふふ♥」エードを飲みながら、クルスが悪戯な笑みで話しだす。「実はね、こないだ未開地域で魔王の~♥」
「だー、やめるでござるー!」
「気安く触んな♥」
向かいの席から止めに飛び付いてきたオタクを、ホムンクローンは容赦なくぶっ飛ばす。
太田は窓を突き破って店外に消えていった。
「なになに、なんなのよ?」
他方、ただならぬやり取りに怪しむリインカ。
「いや、あのあれだ」
四郎はしどろもどろになりとっさに
「あそこで、新たな魔王に関する手掛かりみたいなのを見つけたり見つけなかったりしそうな情報を得たんだ!」
と、壁に掲げられていた掲示板を指差した。
そこには、様々な冒険者への依頼書の中でも特に巨大な一枚が目を引いていた。
『急募、未開地域で発見された