「〝
アルフレートの初撃。
それは太田に直撃し、吹っ飛ばされた彼は石柱を一つへし折り、貫通して横の壁に叩きつけられる。
振り抜いた剣は近くの石像をも両断した。
「オタク!」
四郎は案じたが、太田は手の平を向けて制す。
そのまま、クレーターを刻んだ壁から這い出て構え直しつつ言った。
「なんの、
「〝ステータスサーチ〟!」
閃き、科学者は
思った通り、攻撃系以外の魔法は封じられていないらしく、太田のステータスが半透明の四角い映像となって目前に表示される。
LV.71
HP.4486
MP.2152
どうして他の異世界での経験値も反映されるかは謎だが、レベルは99、HPとMPも9999でカンストするこの世界では結構な高水準だ。だがゲームだとすると、敵はプレイヤー側がどうやっても到達できない数値を割り振られていても不思議がない。
実際、アルフレートのステータスは以下だった。
LV.80
HP.45807
MP.18560
だいたいのダメージが、太田の攻撃は相手に500前後、アルフレートの攻撃は相手に50前後を、それぞれ一撃で与えている。計算でいくとほぼ互角で前者がやや不利だ。
「〝
太田は突進。
連続して攻撃を浴びせるが、アルフレートが動かなかったときに比べて命中率も下がっている。
四郎は迷った。
補助系が可能ならバフデバフも通用するかもしれず、それだけで宇宙の100億倍の強化や弱体化でどうにかできるだろう。だが、このまま覚悟を見届けてやりたくもあった。
「〝
と、別人による呪文で太田の攻撃力防御力素早さが上がった。
「あっ、バフは使えるんだ♥」援護は座ったままのクルスであった。「ちょっとは見直したよ。試しただけだから、サービスね。ピザデブ♥」
「ふひひひ、恩にきりますぞクルス嬢!」
言うや、オタクは攻撃を再開する。
バフの成果かロリの応援によるものか、さっきより動きはよくなった。それでも、攻撃を与えるより受けるほうが多い。
四郎は、ぎりぎりまで見守ることに決める。
「なぜだ」また、アルフレートはしゃべりだした。「なぜそうまでして、人間たちのために戦うのだ……ウッ。かつては某にも友がいた……ガッ。東方の神秘を体現したかの如き麗しき、セイゾウだ……クハッ。かの御仁は、大いなる黄昏の時に――」
そこで急激に台詞を切り替える。
「――ここまでやるとはな!」
「体力が半分になったときの台詞です!」
太田が戦いながら解説する。お蔭で、セイゾウと何があったのか聞きそびれた。
「某を追い詰めたこと……ウグッ」相変わらずダメージを受けながら語る。「称賛に値する……クッ。刮目するがいい。これこそが天地万物を震え上がらせた剣技……ウオッ。某を剣魔と言わしめた姿だ……フグッ。ウオオオオオオオッ……」
最後のは苦悶ではない。アルフレートの気合いだ。
二倍近くに身体が膨張、なぜか鎧兜も合わせて巨大化。振り上げた両腕から電撃が放たれ、天井が根こそぎ吹き飛ばされた。
数十メートル上の地上が現れ、晴れ空が窺えるようになる。ちょうど真上には遥か天上に、こちらもまだ調査前の空に浮く島まで望めるようになった。
「待たせたな……オウッ」
見るからにさっきより手強そうだが、再び戦闘を中断して話すだけになっている。
これ幸いと、太田が畳み掛ける。
「この姿こそが底力だ……グッ。誰にも知られることなくセイゾウとの誓いを果たし、あの空飛ぶ島を拝むため、地下通路で真下に拠点を築いていたのだ……ゴフッ! さあ、某を止めてみよ……クッ。島からかの御仁を招き、大いなる黄昏の悲劇を繰り返したくなければな……カハッ!」
さっきの会話が途中だったせいで、大いなる黄昏やセイゾウと空飛ぶ島との関連が不明だが太田は構わない。
四郎にも決着が見えてきた。
両者のペースでもう勝者がわかる。ただ、オタク側は前半に強力なスキルを多用し過ぎたせいか、後半の技は低威力のものになってきている。
さらに――
「――よもやこんな時が来るとはな……ウグッ」さらに敵のメッセージが切り替わる。「よかろう、あのとき生き別れたセイゾウの想い……クヌッ。しかと、叩き込んでくれようぞ……ガフッ」
「即死攻撃ですな!」太田は警告する。「この台詞が終わる前に倒しきらねば、乗り切れたものの記録はありません!!」
即死技だろうと四郎ならどうにでもできるが、計算は崩される展開だ。
だが太田も、
「〝
これまでにない勢いでMPを消費し、エフェクトもSEもさらにド派手な技を繰り出す。
どうやら、最高峰のスキルは温存していたらしい。思えば敵の情報は太田の方が熟知していたし
彼を信じることにしつつも、四郎は万が一に備えてアルクビエレ・ドライブの用意もしておく。
「見るがいい……ガハッ」
アルフレートは盾を捨て、両手で大剣を握り真っ直ぐ頭上に掲げる。
これまでの戦いによる土埃と石片が彼を中心に渦巻き、尋常でない一撃を予感させた。
「鋼鉄の輝きに宿る無数の魂たちの悲観を……ウヌッ。これこそが某の最終奥義だ……クヌッ。受けてみよ、万感の……グオッ」
部屋に入る直前からずっと黙っていたカナリアが、囀ずりだした。
そこで、ボスは唐突に片膝をついたのだ。
闘気が失せ、舞っていた埃と破片が床に散らばる。
「見事だ」
そして体格は最初の頃のものに縮んで戻り、兜はいつ斬られたのか不明ながら縦に割れて落ちた。
中身がない鎧兜なはずのリビングアーマーを称した内側には、髭と髪を伸ばしたしわくちゃで厳つい老人の顔があった。
「人間……?」
疲れきって太田も膝を着きつつ、それを確認して呟く。
「……さよう」アルフレートは認めた。「リビングアーマーというのは偽装よ。先ほどの因縁のために、主君の死後もずっとここに隠れておったのだ」
思わず四郎は、
「ここの洞窟、人が暮らしてけそうなもの何もなかったけど。人間ならなおさらありえんのだが」
と小声でだがツッコんでいた。
「全ては」聞こえずかあえてかスルーしてリビングアーマーもどきは言う。「セイゾウを千里の先まで見送れなかったあのときの呪縛でな。人でありながら魔王ネーション様に仕えていたのよ」
(いやセイゾウとのあのときのこと聞きそびれてるから)
とはみんな思ったが、その前でアルフレートは仰向けに倒れる。
「受け取れ」
弱々しく、いつの間にか胸に空けられていた鎧の穴から何かを取り出した。握り拳くらいの光の玉のようだ。
「これは主君ネーション様から託された神魔法とやら、〝
(いやセイゾウとのあの件も聞きそびれてるから)
みんなそう思っていたが、空気を読んで黙っておく。
太田は気持ちを汲んで敵のそばに屈み、光を宿した相手の手を握った。
すると、光は太田の拳に吸い込まれるようにして消灯したのだった。
「わ、わかりましたぞ」オタクは、どうにか気のきいた台詞を吐こうとしていた。「セイゾウ殿のお気持ち、決して無駄にはしませぬ」
すると、アルフレートは苦笑した。
「お主。ちゃんと話、聞いてたか?」
かくして、微妙な笑顔のまま七魔大将の一角は事切れたのだった。
(そもそもあんたちゃんと話せてなかったんだが)
とは誰もが思ったが、みんな神妙な顔をすることにしてその死を看取っていた。