扉の先は、石造りの広大な空間だった。
下への階段は長かったとはいえ、地下一階とは思えないくらいの広間だ。
いくつもの柱が整然と天井を支え、英雄を象った彫像も整列している。壁面に配置された複数の篝火が、室内を明るく照らしていた。
入り口向かいの壁際には玉座があり、群青色の全身鎧が鎮座していた。
「待ちわびたぞ、勇者たちよ」
そいつが口を利いた。
「あ、あなたは」そんな鎧に、真っ先に驚いたのは太田だった。「アルフレート・フォン・ベッケンバウアー卿氏!」
「えー、なに知り合い?♥」
「珍しくまともな名前だな。異世界なのにドイツ系の貴族みたいなのは謎だが」
クルスと四郎は素っ気ない反応を示す。
「魔王軍では有名だった人物ですぞ!」対して、オタクは力説した。「魔王ネーション軍の最高幹部、
ホムンクルスはそれでも興味がなさそうだったが、科学者の方は少々痛いところを突かれた気分だった。
なにせ、魔王ネーション関連は実際勉強不足である。ダイイチノについて学ぶことはたくさんあったが、魔王はもういなくなったので後回しでいいだろうと判断していた。
ただ、既知の範囲でも奇妙な点があったので指摘してみる。
「……ラストリビングアーマーは、魔王の魔力で生命を得ていたモンスターの典型だったはず。なぜ生きてる?」
リビングアーマー系のモンスターは、さっきから洞窟で見掛けていたいわゆる中身がないのに勝手に動く鎧兜みたいな魔物だ。
ダイイチノではもとから霊魂が憑依したとかで誕生することがあったが、
「確かに」疑問にはオタクも同意する。「だからこそ魔大将の中では討伐の報告がなくとも、みないなくなったものと安心しきっていた幹部ですな。あれ以来およそ一年、何の動向もありませんでしたし」
「理由を知りたいか、子羊たちよ」
ラストリビングアーマーの王、〝魔王の矛〟は、徐に立ち上がった。
「ならば、剣を持って聞き出してみよ。
そのまま、玉座脇にあった大盾と大剣を手にして構える。
「あいにく、わたしたちに剣の心得はない。〝アルクビエレ・ドライブ〟!」
戦闘の動きを見せたので、四郎は容赦なく唱えた。
「……ん?」
だが、何も起こらなかった。
「おじさんだっさ♥ のろのろしてると、クルスが手柄もらっちゃうよ♥ 〝覇王炎〟!♥」
ホムンクローンも得意の呪文を唱えたが、
「……あれ?♥」
やはり、何も起こらなかった。
「〝
アルフレート・フォン・ベッケンバウアー卿が、切っ先を向けて宣告する。
「某がユニークスキルだ。魔法等の魔力攻撃を絶対的に封印し、己が肉体を駆使しての物理攻撃による決闘を強要する!」
愕然とする四郎とクルス。
中でも、前者は後悔していた。
無課金ネトゲではトップになったことがあるのだ。ゲームだったらこういうタイプの敵も覚えはあったし、対策も練っていた。
ゲームっぽいが所詮は異世界ということで、研究にばかり時間を費やして甘く見すぎていた。先のダンジョンも含め、これほどまでに作り物っぽいとは予想外だったのである。
それでも、手立てがないわけではない。簡単なところでは物理攻撃力にエネルギーを変換するとか、頭を使えば打開策はいくつも浮かんだが、
「四郎氏、任せてくれませんかな?」
思索する前に、太田が遮った。
「おまえ、接近戦ができるのか?」
「遠距離攻撃系の職業である錬金術師とホムンクルスのお二人よりは向いておりますとも。冒険学者はいちおう、接近戦向けのジョブですからな。リアルでは
「あっそ♥」ホムンクルスは興味を失ったようだ。「魔法使えないならつまんないし、クルスは見学してるね♥」
彼女は自身が探検用に背負っていたなぜかランドセル型の荷物袋を椅子にし、壁に寄りかかって座り込む。
一方、太田が己の荷物袋から取り出したのは短剣だった。
革製の鞘から抜き出したそれは、柄の飾りがやたら派手で刀身は赤く輝いている。
ダイイチノ最強の金属、オリハルコン製だと錬金術師として四郎は熟知していた。中でも唯一王都スタアトで買うことができるオリハルコン武器だが、値段はバカ高い。調査研究が主な仕事だが太田も冒険者として名が売れ、儲かっているのだろうと推測できた。
珍しく彼が頼もしく、任せてもいいかもしれないという気持ちもわいてくる。
「その覚悟やよし」全身鎧は受け入れ、歩み寄ってくる。「されど、某とて〝魔王の矛〟と称されし剣士。主君なき世となれど――」
「〝
台詞の途中でオタクは
巨体にたがわぬ速度となって斬り掛かり、あっという間に全身鎧の反対側に移動する。
「――グヌッ、一人研磨し続けてきたこの剣の光は衰えるどころか……ウッ、閃きを増しておるぞ……カハッ。思えば最後の戦いは……ウオッ――」
対するアルフレートは、大剣を掲げてしゃべり続けている。効いていないというわけではなく、台詞のところどころに苦痛が混入する。
「〝アルファ斬り〟!」
「〝
「〝ブレード・アート・オフライン〟!」
そこに容赦なく物理攻撃系スキルを連発する太田。
「――最果ての都サンクトベリで相見えたあの魔法剣士も……クッ、魔王ネーション様の手に掛かって煉獄をさ迷っていることであろう……ウッ――」
構わずオペラのように大仰な身振りでしゃべりをやめない全身鎧に、四郎は洩らす。
「なぜ魔法ならともかく剣の技名をいちいち叫ぶのかは置いとくとして。この、フライングのような戦いはどういうことだ?」
「拙者は魔王と戦うための冒険を、普通にしてみたくもありましたからな」
絶えず斬りかかりながら、太田は明かした。
「ここに来たのはあなたがネーションを倒した後でしたが、女王立図書館などで魔王軍関連の資料も読み漁りました。それこそ、アルフレート卿と人類との戦闘記録も。結果わかったことは――」
さらなる斬撃を叩き込みつつ、断言する。
「彼はやたらと会話が長い! しかもハジマリノの戦士たちはそれを律儀に静聴した後で負けてきたのです。いわばイベントなのでしょうな。ですが我々は異世界から来て、この世界のルールに反して比較的自由に動けます。ならば視聴強制のムービーシーンの間に敵へダメージを与えておくことも造作もないと、これまでギルドの依頼を受けて仲間の戦闘も目にするうちに学んだのでござるよ!」
かっこつけているが、ある意味で卑怯なからくりだった。
「――某は〝魔王の矛〟と称されし……グハッ、ラストリビングアーマーの王……ヌウッ。アルフレート・フォン・ベッケンバウアーなり……ゲホッ。いざ、参る……ガハッ!」
ようやく、アルフレートは口上を終えたらしかった。