「四郎、起きて。四郎!」
懐かしい声に、錬金術師は目を覚ました。
「はっ!」
目の前に飛び込んできた光景に驚愕する。
見知った可愛い系美少女の顔。金髪ストレートロングできらびやかな貫頭衣を纏い、頭上に
「リインカ、無事だったのか! ――ってなんだその格好は?」
そこで違和感を抱く。
服装が違う。
いや服装が違うのは本来ありふれたことだが、長期連載の漫画かアニメでのいつもの服装みたいにだいたい似たものを着ていたのがリインカだった。なのに、なぜか制服のような印象を与えるドレスを着ている。
「あんたも同じよ、鏡見なさい!」
指摘するや逆に返され、寝ていたベッドから腕を引っ張って起こされると、部屋の隅になぜかあった化粧台に座らされた。正面の鏡を覗かされる。
リインカと同じドレスを着た……四郎がいた。
「げー、なんだこれは!?」
自分の格好にショックを受ける彼へ、女神は諭す。
「驚いてる暇はないわ、自由に動ける時間は希少だから手短に話すわよ!」
「この変な女装をさせられて驚くなとは無理があるだろ。おまえがやったのか?」
パニックになって素直に従えない四郎と、口論になるリインカ。
「やるわけないでしょ、話聞きなさい!」
「なんだ、この服、脱げない!」
聞かずに脱ごうとする四郎だが脱げない。
ボタンも外せない。袖から腕を抜くことすらできない。きついとか知識がなくなったとかでなく、貼り付いたみたいに、物理的にできないのだ。
「女子の服とはこんなにも脱がせにくいものだったか、このブラジャーとかどうやってはずすん――」
もがいて思わず口走ったあとではっとしたが、時すでに遅くリインカに指摘される。
「……あんた、太田になんか言ってたくせに童貞?」
「うっ」仕方なく手を止め、自白する。「……経験は少ない。子孫はクローンで残す手筈だし、脱がさない方が好きなんで」
変な性癖の告白になってしまった。女神の顔も引きつる。
情けないが、とりあえず落ち着く役には立った。
改めて見回すと、どうやらそこは小綺麗な女子の一人部屋とでもいうべき空間だった。にしてはやや広く、お嬢様っぽいベッドや机やその他諸々の家具や小物がおよそ一人分。あちこちでロココ調の装飾が際立つ。
そこまで確認したところで、科学者の激白に唖然としていたリインカが我に返る。
「あ、しまったんなやり取りしてる場合じゃ――!」
途端、二人はぎくしゃくとした挙動で動きだした。
「な、なんだこれは。身体が勝手に! 舞踏病か!?」
まさしく、命令されたロボットみたいに二人は肉体を操作されていた。部屋のドアを開け、廊下に出る。
そこもロココ調で、どうやら建物全体がそうらしい。
勝手に廊下を歩かされながら、リインカは早口で説明する。
「あたしたちは主人公の言動に関係ある動作しかできないの!」
「主人公!?」
「最近、あんたダイイチノで冤罪ふっかけられたでしょ! その黒幕の転生の女神よ!!」
「順を追って話せ」
とそこで足を止められ、リインカは目前に迫ったドアをノックする。
「だから――ご機嫌よう、お姉様」
今度は、途中で口も勝手に操られたようだった。
「お姉様だと!? ――ご機嫌よう、ネーション様」
動揺する間もなく、四郎も同じような台詞を吐かされる。
間もなくドアが開き、戸口に立っていたのは紛れもなかった。
女神リインカに瓜二つ。ただし、翼や光輪は漆黒に染まった人物。おまけに、四郎たちと同じ服を着ていた。
ダイイチノに君臨していた魔王、ネーションである。
「ご機嫌よう」そいつがほざく。「リインカ、四郎、待ちくたびれましたわよ。さあ、参りましょうか」
「「はい、参りましょう」」
対する錬金術師と女神はカーテシーをしてそんな台詞を吐いた。
「――って、なんだこれは!」
再び廊下を進みだす。金魚の糞みたいに元魔王の後ろを歩かされながら、ようやく口が自由になった四郎は問う。
「ネーション、おまえの仕業か!!」
「んなわけなかろう!」魔王は返す。「貴様のせいだ勇者四郎! ここは異世界ダイナナノ。我らにとっては地獄みたいなものだ! なぜ貴様らまで落とされたかは知らんがな!!」
「服的には現状わたしだけが地獄だろ」
「ああもう、いいから聞いて!」リインカが割り込む。「ここは乙女ゲーみたいな世界で、わたしたちは破滅フラグしかない悪役令嬢であるネーションの取り巻きAとBみたいな役割を強制されてるの!」
「乙女ゲーとかやったことないから無知だ。とりあえず異世界か」
どうにか四郎が推測するや、返事を得る前に三人は止まった。
先頭のネーションが嫌みったらしい声で挨拶をする。
「ああら、ご機嫌よう。今日も掃除にせいが出るわね、イキテレラさん」
彼女の目線の先には、モップとバケツで懸命に廊下の床を磨く薄汚れたエプロン姿のお下げな黒髪少女がいた。
ソバカスに眼鏡、気弱そうな薄幸の美少女といった容貌。歳的にはリインカと同じくらいに見えなくもないが、痩せて弱っているようでやや幼げな印象も与える。
「あれがあんたをハメた転生の女神よ。あたしたちの看守みたいなもの」
「看守だと?」
小声で教えるリインカに錬金術師が反応できたのはそこまでだった。
「リインカさん、四郎さん」ネーションが命じる。「もっと掃除をしたそうだから、場所を作って差し上げて」
途端、指名された二人は勝手に身体を動かされる。
リインカはイキテレラと呼ばれた少女を羽交い締めにし、
「あ、や、やめてー!」
と暴れる彼女の前で四郎はバケツを蹴飛ばしてひっくり返し、床を汚水まみれにする。さらに、リインカはイキテレラを突き飛ばした。
哀れ、薄幸の美少女は悲劇のヒロインっぽく汚された廊下に転んでびしょ濡れになった。
科学者と女神と魔王は意志に反してそんな様を見下し、片手の甲を口元に当てて同じ笑いを発した。
「「「おーほっほっほっほ!」」」
「リインカさん、四郎さん、もういいでしょう」
さらに述べたネーションに、四郎は愚痴る。
「いやこれ、水戸黄門かフ○ーザか世界名作劇場辺りが混じってるだろ」
リインカは同意した。
「創造者の乙女ゲーへの乏しい知識が垣間見えるわね」
「あらやだ、我の靴に汚れが」意に介さず、魔王はわざとらしく爪先で汚水をちょんとつつき、追い討ちを掛ける。「ねえイキテレラさん。あなたの綺麗な舌で舐めて掃除してくれませんこと? そうしたら、きっと靴も輝くわ!」
四郎とリインカもまた勝手にしゃべらされる。
「さあ、早く舐めるのよイキテレラ」
「それが下女の役目ですものね」
「うう……」
イキテレラは、唇を噛み締めながらもネーションの足下ににじり寄り――
「やめたまえ!」
うち二人には覚えのある、新たな声に止められた。
「「「あ、あんたは!」」」
三人の悪役は、声音の方を向いて本心から驚きを揃える。
まず四郎が叫んだ。
「オタ――学園の貴公子、太田拓! ……ってなんだよそれ」
リインカも、
「あんたもいたのオタ――理事長の恩人の息子のマブダチの親戚だからって、女の園に入り込んだ挙げ句にヒーロー気取り?」
と、本心と用意された台詞を混ぜて吐くはめになっていた。
そこにいたのは、廊下の角から出てきた太田拓その人だったからだ。
太った身体には不似合いなことに、王子とスーツを足して二で割ったような制服に身を包んでいる。
「おお、四郎氏にリインカ嬢」
彼も、悪役たちと似た様相で口を利いた。
「無事でござったか。いやあ、なぜだかイケメン扱いされてモテまくっていまして、ようやく拙者の魅力にみなが――とうとう君たちによるいびりの証拠をつかんだぞ。ぼくは黙っていないからな!」