「結婚したのか、拙者以外の奴と……」
と、部屋の隅で太田はイキテレラとメンイケの結婚に際して発行された今やボロボロの号外新聞を眺めながらうわ言のようにぼやいていた。
あれ以来、ほぼずっとこの調子だった。
「……あとは衰弱して死にゆくのみだ」
壊れたベッドに寝そべって、ネーションはネタバレする。
「死んだらまた〝悪役令嬢〟に生まれるところに時間が巻き戻る、妹と勇者は同じく〝取り巻き〟。オタクは〝捨てられる男〟だ」
四郎とリインカは半壊した壁に寄り掛かって無気力に聞いている。
「破滅前の贅沢し放題やイキテレラ虐めの憂さ晴らしなんて、たいして楽しめんぞ。前回の記憶は蓄積される。持ち上げられて落とされるだけだとわかっている人生を何度もやらされるんだ。イキテレラはマゾだから喜ぶだけだしな。まあ、全イベントは主観的に早送りできるが、繰り返すのみだから意味もない」
「え、できるなら早く言ってよ! こんな極貧生活さっさと過ぎ去って欲しかったのに!」
妹が苦情を述べる。
「なんだ試してなかったのか、わたしはすでに十度くらい早送りしてみた」
当たり前のように言う四郎だった。
「は?」女神は不思議がる。「いやあんたずっとあたしたちと不幸人生巡りしてきたじゃないの」
「魔王が述べたように早送りは主観でのみだ。その間、他はおそらくわたしたちが悪役令嬢や腰巾着や捨てられる男になる前の、彼ら本人としてのNPCのように画一的な振る舞いをする。そして早送りを止めると、おまえたちが入れ替わってから共に過ごした最初の流れに戻るようだ。つまり、現在進行形のここだな。苦痛もちゃんと記憶として蓄積されるからあまり意味もないし、わたしでさえ堪えたから推奨もできん」
「す、スキップとかはできないの?」
「できん」
一年に及ぶ不幸生活で疲れきってすがる妹を、ネーションは一刀両断した。
「クソゲーじゃないの……」
「結婚したのか、拙者以外の奴と……」
「まさしく、もはや完全に異世界ではなくゲーム世界だな」
脱力しながらの元勇者の指摘に、元魔王は認める。
「ああ、転生転移者同士には元の姿を認識できるが、ここの住人にはあくまで役割のキャラと認識される。イキテレラが係わるイベントは言動も破滅フラグに向かって強制される上、以降の不幸ルートも一直線だ。唯一、こういったドラマチックでない場面でだけ狭い範囲を自由に行動できるが、何も変えられた試しがない。我は数兆回ほど試行錯誤したところで諦めた」
「精神力半端ねーな」
さりげなく妹が感心する。
ともかく、この世界で気がついたばかりの四郎が学院内の悪役令嬢腰巾着として自室で僅かに動けた期間のようなものが、数少ない自由ということだろう。以降、現在進行形の一年間やそれ以前の早送り期間中もそういう間は度々あったが、到底不幸を退けられるものではなかった。
魔王は続ける。
「自由な言動が封じられている影響でチートなスキルや魔法も使えん。せいぜい、情報に関するものとこの世界独自の魔法が使えるくらいだが、それもたいして影響を及ぼさない範囲でだけだ」
これも事実だった。そうした情報の中には、太田の
「結婚したのか、拙者以外の奴と……」
「だが」四郎は指摘する。「あくまでもここはゲーム世界ではなく、そういう異世界なんだろう?」
「だったらどうにかできるっていうの?」無気力にリインカは愚痴る。「もう、お腹も空いて熱も酷いし気力もないわよ」
「女神の能力で転生か転移でもしてみればどうだ」
「その手があったわね!」
「もちろん」科学者の言葉に今さら気付く妹へ、姉は絶望を投げる。「いくら転生転移しようがこの世界からは出られんし役割は変わらん。同じ〝悪役令嬢〟、〝取り巻き〟、〝捨てられる男〟に生まれるだけだ」
「結婚したのか、拙者以外の――」
「うっせぇわ!」
動けないと言ってた癖に、太田に蹴りを入れて八つ当たりする女神だった。
「ら、らって、例え敷かれたレールの上の敵とはいえ、拙者にとっては初めての恋愛だったんですぞぉー!」
「きゃー! 痴漢ー! あたしら風呂も入れてないし汚いんだからくっ付くな!!」
「拙者は気にしませんからぁー!」
「おめぇじゃねぇよ、あたしが嫌なんだよ!」
泣きじゃくって抱きつくオタクと揉めるリインカであった。
「やれやれ」
それを横目に四郎は断言した。
「わたしはもう、攻略法を見出だしたがな」
「「「えっ!」」」
残る三人の驚愕に、科学者は余裕の笑みで応える。
「ヒントは、ラプラスの魔とバタフライ効果だ」
やはり、他の誰も理解できなかった。