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破滅フラグを秒でへし折る

 ……四郎とネーション以外には二度目となる、異世界ダイナナノでの人生。


 イキテレラ・ニセヒローインを悲劇のヒロインたらしめる、ニセヒローイン公爵家への第一王子暗殺事件容疑は


 本来のシナリオでは、ネーション・メガアミ嬢と婚約を交わし第二位の王位継承権を持つ第三王子が、一位の長男を排して王にならんと、メガアミ侯爵家と取り巻きのサイディズ女爵家を利用した口裏あわせで、現場に居合わせたニセヒローイン家に罪を擦り付けるものだった。

 後にその事を話していた現場を、太田拓がダイナナノにもあった映像音声を記録する水晶魔術で「ざまあw」と隠し撮りしたことでこれは発覚する。


 はずだった。


 だが今回は、暗殺事件自体が未遂に終わった。


 本来のシナリオではさる会食の際、ニセヒローイン家とメガアミ家とサイディズ家と第一王子と第三王子だけが部屋に居合わせた瞬間、第三王子が第一王子の杯に毒を仕込むはずだった。

 王位継承権を争う第一王子と第三王子の支持者たる大人たちが、王子たちの子供時代から二人を巻き込んで争っており、影響で兄弟仲が険悪になっていたのだ。

 だが今回は、二人の間を取り持つ第二王子メンイケが健在であった。賢い彼が幼少期から大人たちの愚かさを説き、三人は団結して醜い争いに与しなかったのである。


 本来のシナリオでは、まだ第二王子が赤ん坊の頃、彼が誕生した産屋に魔王率いる魔物の群れが襲撃したことがあった。

 母親たる王妃と長男の第一王子は駆けつけた勇者に助けられたが、このとき、第二王子メンイケは魔物にさらわれてしまったのだ。


 かくして死亡したとされていた第二王子だが、実は勇者に致命傷を負わされていた誘拐犯が自軍に戻る途中で力尽きていた。このためメンイケは戦地で魔物の亡骸から見出だされて兵士に拾われ、戦災孤児として孤児院で育つことになったのである。

 やがて十代後半で義賊となり、後に王家の血を引くものが触れた時だけ輝く宝玉を盗もうとした時に第二王子と発覚するのだ。


 ところが、今回第二王子メンイケはまだ一桁の年齢のとき王家に保護されていた。


 ――全ては、四郎が幼少期のある日、朝食のパンの一切れを三階にある両親の部屋の窓から外に落としたからだった。

 ごく短い、自分の意思で身体を動かせる期間に試みた一見何気ない行動である。


 このとき、風に流されたパン切れはやや離れたところを二足歩行していた妖精猫ケットシーの目前に落ちた。

 本来ならその一年前に魔物に食われている妖精だったが、四郎が予め親にねだり冒険者ギルドに大金を払って問題の魔物を駆除するよう依頼をしていたので助かっていた。


 ともかく、「空からパンでも降ってきたのか!?」と、ケットシーはそれで一瞬足を止めた。

 もっとも、すぐに「んなわけないか」と歩きだしたが、本来のシナリオならこの一瞬がなかったために進路上にいた蚊を踏み潰していた。


 今回生き延びた蚊は無事子孫を残し、うち一匹が人を刺すことになる。金物屋の主人の妻であった。

 それにより、彼女は主人の仕事中に「きゃー刺されたー!!」と大げさな悲鳴を上げた。愛妻家な主人はこれに「強盗か暴漢か!?」と仰天し、手元が狂って金具に僅かな傷を作ってしまった。

 問題の金具は傷に気付かれずに商品として出荷され、王城の宝物庫の隠し棚に使われたのだった。


 後。王国を地震が襲い、例の傷ついた部品によって城の宝物庫で隠し棚は破損。宝玉は溢れて床に落ちた。

 翌日、隠し棚に無知な警備兵が宝物庫の被害を確認。落ちていた宝玉を「も、もしかして自分が落として傷つけたとか?」と勘違いし、召し使いに「密かに傷がないか確かめてあったら直しといて」と頼んだ。

 召し使いはそれを鑑定士に頼もうと城下町に持ち出し、途中で宝玉を落とし、悪戯っ子となって孤児院脱走中のメンイケに「ラッキー、なんか高そうな宝も~らいっ♪」と拾われ、輝いたことをきっかけに行方不明の第二王子と発覚したのである。


 本来のシナリオではメンイケの失踪以来王妃は心を病んでおり、それが後に生まれた三男たる第三王子の歪んだ人格を形成する遠因となり、彼を支持する大人たちにも悪影響を与えていた。

 だが今回は第二王子が早くに発見されたことで王妃も健康を取り戻し、王子たちも仲良くなり、第二王子を支持していたメガアミ家とサイディズ家をも軟化させた。無論、両家が育てた娘たちにも影響は及び、彼女たちもよき人間へと成長することができたのだった。


「あ、ありえない」

 こうして、オジョウサマ魔法女学院入学初日の教室。よき友人として出会うことになった四郎とネーションとリインカに、時間を止めてイキテレラは問うた。

「おまえたちにフラグを変えるほどの選択肢は用意されていなかったはず。どうやって、ぼくの世界をねじ曲げた?!」


「ラプラスの魔だよ」

 時間を止められた教師と同級生の生徒らを背景に、動かせる顔だけで四郎は教えてやった。


「数学者ピエール=シモン・ラプラスの思考実験だ。もし宇宙の全てが科学的に決まりきった原因と結果のみで構成されるならば、宇宙外からそれを観測し全因果律を計算可能な存在には、宇宙で起きる過去から未来までの全部を知ることができる。それを可能とする知性がラプラスの魔だ。量子力学の不確定性原理で否定されたがね。

 だがこの世界は、フラグが立つと必ずそれが回収される。つまり原因によって起きる結果が確定するいわば決定論で成り立つ。そして情報に干渉できる魔法はわたしたちにも行使できる。即ち、それによってラプラスの魔を構成すれば、宇宙全体の過去から未来までの全貌を熟知できる。

 結果。ケットシーを事前に助けた上で、あのときあの一瞬、わたしが数ミクロン単位である正確な大きさのパンの一切れを、三階の両親の部屋のミリ単位で正確な位置から、コンマ一秒単位で正確な時間に落とすことで発生する因果関係の連鎖が、悪役令嬢の破滅フラグを全て破壊できると計算できたんだ。風が吹けば桶屋が儲かるかのようにな」

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