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第37話 鳥辺山

鳥辺山は死者の肉体が眠る地の一つ。

生前は縁を結ばなかった者達が一同に介し、土へと返る。

どれもこれもが濃い瘴気を放ち、この地に送られて日の浅い死人の体からは特異な匂いも放っている。それでも悪鬼化する現象が少ないのは鳥達がその肉体を食し、浄化するからだ。

人間以外の動物はほとんど瘴気を発生させない。もちろん、例外もある。だが、そのほとんどは存在自体が神聖なのだ。鳥達も同様で、彼らの血肉の一部となる事で瘴気を放つ肉体は無害な物へと変わっていく。


「これは…!」


貞暁は異様な光景に思わず自身の口を押えた。


「掘り返されているな」


珍しく義宗はまともな事を言っている。


柔らかい土が広がる中、いくつもの巨大な穴が開いていた。

そのすぐそばには土が積み上げられた小山。

どれもこれも人の手で作られたものだ。


埋められていた遺体にも手を出したのか!


貞暁は穴の中に手を添えた。

死者が放つ瘴気の残りを感じる。


ここに人が寝かされていたのは確かだ。


「亡くなれた方々は連れされたのですか?」

「どうでしょう?鬼脂の原料とされたのなら、瘴気を熱した時点で肉体は消失したと考えるべきですから」

「まあ、恐ろしい。ですが、鳥辺山には数多の人々が運ばれたはず。この穴の数から察するに一体どれだけの人々を…」

「数えるのも難しいでしょう」


もしかしたら、他の埋葬地も同じような状態かもしれない。


「そもそも、少量の鬼脂を作るにしてもかなりの死者の肉体の瘴気が必要だと聞きます。昌家様の所にあった物だけでもおそらく30人分ほどの瘴気が使用されたと考えるべきですね」

「まあ、そんなに?」


だが、住蘭の遺体が使われていたとするなら、その数を下回るかもしれない。

彼一人だけでかなりの人数を節約できたはずだろうからな。

しかし、そうであるならば、さらにおかしな事になる。

奴は後鳥羽上皇の命で処断された身。罪人であっても、その肉体はしばらくは朝廷の管理下に置かれているはず。鬼脂となる死体は新しい方が良いともいう。

この鬼脂の出来からすると、住蘭が鬼脂の素材となったのは亡くなってすぐだ。


となると、鬼脂を作っている人間は朝廷内にいる?


もしくは手引きしている者がいると考えるのが妥当だろう。


全く持って冗談だといってくれ!

想像以上に大事じゃないか!


「なあ、風葬って鳥に喰わすんだよな」

「そうですが?」


義宗のやつ。唐突になんだ?

それぐらいはお前だって知っているはずだろ?


「狸も食うのか?」

「はい?」

「だってよぉ。そこに狸の足跡が…。いや、狐か?」


義宗が顎で指示した先には確かに小さな動物の足跡が連なっている。


「そうですね。狸のように見えます」

「ああ…。近くにいたら捕まえるか?」

「まさか、食べる気ですか?」

「武丸様もいるか?」

「いりません。それにこの足跡の持ち主を食べたら、おそらくおじさんでもお腹を壊してしまいますよ」


いや、コイツは平気かもしれないが…。

そんな事を考えつつ、香りの残る土を少しばかり布に包み、しまい込んだ。


「この男なら、何でも食すでしょうね」


まあ、前例があるからな。


「私もそう思いますが、これは例外ですよ。なにせ、妖のようですから」

「妖!実在しておられるので?」


因子様の反応は致し方がない。


人と妖の交流がほぼなくなってから100年。

人の世は様変わりした。その存在を視る者も減ってきている。


まあ、ばあさんみたいに人の世に紛れて生きている者もいるが…。


要は完全に切り離されていないため、こういった痕跡が見つかるのはおかしな話ではないのも事実なのである。


「がっつり、妖力の気配を感じますから。ですが、妖力が少し乱れている。足跡からするにまだ若い妖なのでしょう」


ある程度の年齢に達した妖は妖力を隠すのも上手いと聞くしな。


うん?

若いか?

つまり子どもの可能性が…。


「そう言えば、魔問屋に鬼脂を持ち込んだのは童だと言っていましたね。だとしたら、この足跡の持ち主の可能性もあるやもしれません」

「なぜだ?妖といえど狸だろ?」

「ほとんどの妖は生まれた姿を取る。されど、その生まれが特異であったり、妖力が極めて高い妖は人の姿に化け、その言葉も解するのです」

「じゃあ、この妖も妖力が強いって言いたいのか?」

「いいえ。今のは通常の妖について簡潔に述べただけでございます。私が言いたいのは妖の中でも変身に特化した者達がいると言う事…」

「よくわからん」


因子様は思いついたように手を上げた。


「その代表例は狸と狐ですわね」

「その通りです」

「おおっ!」


素直に感嘆の声をあげる義宗に因子様は呆れたようにため息をついた。


「書も読まないの?妖狸について書かれた物語なんてごまんとあるのに…」

「俺は鍛錬の方がいいんだよ」


そこは威張って言う事じゃねえからな。


「要は、鬼脂を魔問屋に売った童っていうのが人間の女に化けた狸だって事だな」


やっと、理解したのか。

俺はコイツの師か何かなのか?

だが、それよりも厄介なのは…。


「妖だとすると、事は複雑化しますよ」

「なんでだ?見つけて叩き斬りゃあいいじゃん」


この脳筋戦馬鹿!


「大昔の戦大好き人間みたい事を言わないでください。妖とは距離を取るという契約が人との間で結ばれているのです」

「それ、魔問屋でも言っていたな」

「千妖人不干渉契約です。古い時代から妖と人は度々争って来た。そして、もっとも大きな戦となったのがおよそ100年ほど前です。それこそ、この地が無くなる可能性が頭をよぎるほど恐ろしいものだったという噂でございます。故に両者は考えを改め、交流を最低限の物に留めるという契約を交わしたのです。今では人間が妖の世界に関われるのは限られた者のみ」

「へえ~」

「理解できていますか?」

「ああ!」


本当か?

信用に価しないがまあいい。


「要はこの足跡の持ち主を探すのはおろしく大変という事なのですよ」

「貞暁様。方法はないのですか?」

「あるにはあるのですが…。おじさん。タカ丸は?」

「ここにいるぜ!」


小さく羽を折りたたんだ鳩のタカ丸は義宗の着物の合間から顔を出した。


「鳩をそんな所に隠し持っていたんですか!信じられない」


因子様。

全くその通りです。


「普通なら死んでいますよ。その子。でも、元気なところを見ると…」

「うん?なんだ?」

「やっぱり、半分妖化していますね」

「ええっ!タカ丸って妖だったのか?」

「半分だと言ったはずです。動物の中には長い時を経て、妖になる者もいると言います」

「タカ丸。もしかして、俺より長生きなのか?」

「まあ、その可能性はあるかもしれませんが…。今はそこは重要ではないですよ」

「おおっ!」


驚きすぎだろ!

むしろ、おじい様はどういった経緯でタカ丸を伝書鳩化させたんだ?

謎すぎる!

まあ、そのおかげで妖世界と短時間で通ずる手段があるわけなんだが…。


「半分だけですから、妖力もとても微量です。私もかなり集中しないとこの子の妖力を探知できない」


始めてタカ丸を見た時の違和感は普通の鳩にはありえない気配だ。

今はそれが妖力である事が理解できる。


貞暁は自身の爪で指を傷つけ、血を紙に垂らした。


「これでいい」


紙を細く丸めて、タカ丸にくくりつける。


「さあ、これを千妖通せんようどおりへ」


羽ばたくタカ丸を見送った。


「どこへ飛ばしたんだ?あれは“父上”の所にしか飛ばない」

「平気ですよ。その前におそらく妖に回収されるでしょうから」

「えっ!」

「妖の事を聞くなら、妖に聞くしかない。大丈夫。これでも妖とは縁がありますから」


ばあさんが妖世界に戻っているとは思えないがな。

それでも、もう一人いるのだ。

頼むから妖世界に足を踏み入れる通行手形をよこしてくれよ。


貞暁は古き妖の知り合いに思いを馳せつつ、二人に向き直った。


「さて、しばらくは待つしかありません。今度こそ日が暮れてきました。一旦帰りましょう」

「そうだな。じゃあ、また俺が操るか?」


これは帰りも妖車に乗る感じか?


「頼みますからもう少し安全にお願いします」

「善処するさ」


だから、善処する奴の態度じゃないんだって!

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