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第36話 妖車

――ガタンッ!

――ゴトンッ!


平常心、平常心だ。


貞暁は一見するごく普通の牛車の中でひたすら念じていた。

その周囲が淡い緑の炎で覆われている事は気にしない。

そもそも、乗っているのは妖車と命名されている代物である。

おかしな装いなのは仕方がない。


だが、その乗り心地が最悪なのは事実である。


うっ!酔いそう。


思わず簾をめくれば、前板に座る義宗の姿をとらえた。


そして、京の都は遥か下だ。

つまり、妖車は空中を飛んでいるのである。


高い!


俺、地面に足付いてないと心臓が持たない人間なのだと再確認するよ。

そもそも、こんな事態想定してねえ!

これも試練なのか?

いや、絶対違うだろ!


「ぐわっ!」


傾いた牛車のせいで、頭を屋形にぶつけ、引き戻された。


なぜだか、因子様に押し倒されている状態になっているのはこの際、気にしない。


「ちょっと、せめて真っすぐに飛ばせないんですの?」


間近にある因子様の顔は外へと向いている。

空中を飛んでいる状況にあっても、彼女は冷静だ。

ただし、腰に回される腕に力が込められている所を見ると、怖いのだろう。


「仕方ねえだろ。こういうのは普通、牛とか馬がやるもんだろがよ!」

「妖車を操ると言ったのはおじさんでしょうに!」

「元はといえば、姫さんがこんな得体のしれないものを買うからだろうが!」

「人のせいにしないで」


頼むから。こんなところで喧嘩するな。

それこそ落ちる!


「集中してください。鳥辺山までもう少しのはずですから」

「おうよ。任せてろ!」


なんで、お前は楽しそうなんだよ。

こんな事なら普通に歩いていけばよかったんじゃないのか?


こうなったのはすべて数刻前のせいである。


「鬼脂を持ち込んだ童が鳥辺山で見つけたという話はなんだか、信憑性がありますわね」

「因子様は気づかれましたか」


彼女は小さく頷いた。


「何がだ?」


首をひねる義宗。


「おじさんは京の都の在り方に不慣れでしたね」

「亡くなられた者の多くは鳥辺山に運ばれるんですわ」


義宗は納得したように鼻を掻いた。


「ああ…。そうなのか。京の連中は火葬が多いと思ってたんだがな」

「公家の中には火葬を選ぶ者も増えてきていますけれど、まだ、土に返す仕様の方が一般的ですわ」


だが、参ったな。

今から鳥辺山に向かうとなるとかなり時間がかかる。


「今日はここまでにいたしましょうか?山登りは中々大変でございますから」

「貞暁様。鳥辺山に行くおつもりで?」

「何か手がかりがあるかもしれませんゆえ。童が関わっているとなるとなお、気になります」

「じゃあ、これは使えませんでしょうか?」


因子様が撮り出したのは妖車の車輪である。


「ところでどうして、それを買われたので?」

「なんだか、惹かれましたの」

「お気をつけくださいませ。妖車と呼ばれるからには妖に由来する品のはず。物によっては人に害を及ぼすやもしれません」

「貞暁様の目から見ていかがです?」

「普通の車輪にしか見えませぬが…」


義宗が因子様から車輪を奪い取った。


「ちょっと!」


眉を顰める因子様をよそに義宗は車輪を思いっきり叩く。


「うわっ!」


それを合図とばかりに車輪は大きくなり、火が纏わりつく牛車へと姿を変えたのであった。


義宗の霊力に反応したのか?

牛車の袖に手を添えると少しばかり、車が浮き上がる。

力の原動力は霊力でも鬼力でもどっちでも構わないのだな。


「おおっ!すげえっ!これがありゃあ、鳥辺山まですぐだ!」

「へっ!?」


義宗は貞暁を抱きかかえて、牛車の中に押し込んだ。


「何をなさっているの!」


慌てたように因子様も乗り込めば、牛車は走る馬よりも早く上空へと舞い上がったのである。

しかし、牛車の物見から覗く人々は異様な妖車が目に入らないように通り過ぎていく。


妖車と言っているあたり、素養のある人々にした認識できないのかしれない。


「鳥辺山ってどっちだ?」

「あっちかと…」


それにしたって義宗。

なんだかんだでこれを動かしてしまうお前は一体何なんだよ!

そんなこんなで、激しく揺られながら空の旅を始める事になったのである。


正直、そろそろ降りてえ!


「あの黒い山か?」

「黒いという表現は同意しかねますが、そうです」


よかった。思っていたよりも早くつきそうだな。


「ところでさあ。武丸様」

「なんでしょう?」

「これ、どうやって降ろすんだ?」


はあああっ!


「降ろし方、分からないとか勘弁してほしいわ」


苦言を呈する因子様から離れ、貞暁は身を乗り出し轅を掴んだ。


さっきの推測が正しければ、鬼力でも操れるはず。


下がれ!


貞暁の念じた言葉に従うように妖車はゆっくりと降りていく。


よし、このまま…。


――ガタっ!


「あっ!」


妖車は突如、急降下した。

背中が何かに押しつぶされるように立ち上がれない。

まさに這いつくばるという言葉が似合う恰好で三人は鳥辺山に落下したのであった。


――ドスン!


物凄い音を立て、土の中につっこんだ妖車は力尽きたかのように歯車の姿で貞暁の頭に直撃した。


「痛っ!」


空の旅は危険すぎるな。

体のあちこちをぶつけて、まともに歩けない。


頭をさする貞暁は妖車の歯車を拾い上げた。


「ご無事ですか?」


隣で腰を抜かしている因子様の手をとり、起き上がらせる。

義宗は仁王立ちである。

この状況でもその恰好なのか…。

さすがは武士。

足腰強すぎだろ!


「不気味な所でございますね」


因子様の言葉に同意したい。


風にあおられる木々と立ち込める土埃。

その中に半分埋まるように放り出された貞暁達はまさに異界の中に足を踏み入れた気分にすらさせられる。さらにその視線の先に映った光景に絶句したのであった。

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