小屋に足を踏み入れれば、妖力やら霊力など様々な力が充満していた。
なんだ、この雑多な空間は…。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
現れた店主は満面の笑みで出迎えてくれた。
だが、どこもかしもうさん臭さがぬぐえていない。
さらに言えば、並ぶ品々も不気味だ。
「これは珍しい組み合わせでございますな。僧様に姫君。そちらは武士の方で?」
客の背景を詮索するのが好きらしい。
「魔問屋なる物がまだあった事が驚きでございますな」
人ならざる者との境界線が曖昧だった平安の世ならば、この手の商売もかなり盛んに行われていたという話だが、今は存在自体を知る者も少なくなってきている。
「数が減ったからこそ、我々のような者は重宝されているんですぜ。はい!」
周囲を見渡せば、一束にまとめられた長い黒髪がぶら下がっていた。
「おっ!そちらは座敷童の髪ですぜ。持っていれば、幸運になる」
冗談だろ。
座敷童の髪を切るなんて恐ろしい真似を本気でしたのなら、むしろ、持っていたらどんな災厄に見舞われるか!
座敷童に祟られても知らないぞ!
さらに、水が抜けた河童の頭部と思われる物も陳列してある。
だから、魔問屋は嫌いだ。いるだけでゾッと背筋が凍る。
「あら、可愛い!」
因子様は隅に置かれていた小さな歯車を見つめた。
「そちらは
空を飛ぶ時点で普通の牛車には程遠いだろ。
何より、さすがは商人。口が達者だ。
だからと言って、この男の話にいつまでも付き合ってはいられない。
貞暁は一呼吸入れてから、店主を見据えた。
「鬼脂を探しているのです」
「最近流行っておいでで?」
店主は立ち上がる事なく、後ろに備え付けてあった竹筒を貞暁に差し出した。
その形状は昌家様の所にあった物と同じだ。
そして、中身も…。
「お客さんは本当に運がいい。それが最後の品でございますよ」
「それは本当でございますか?」
「もちろんでございます」
嘘か誠か分からないな。だが、どちらにしても、昌家様の言葉は真実であった。
荒業は嫌だが、悠長にしている暇もない。
「義宗!」
久しぶりに”おじさん”の名を呼べば、その真意を読み取るように義宗は店主の首を腕で抑え、小屋の壁に押し付けた。
「なっ!何をなさるので?」
「いただけませんね。このような品を堂々と売っておいて、何もないとお思いで?」
「ぐっ!」
店主は表情をゆがめた。
「ご丁寧に護符の五芒星を刻んでいるあたり、貴方様の正体は陰陽寮に属せない三流陰陽師といったところでしょうか?」
「だったら、なんだ?お前達には関係ないだろ」
「そうも言ってはいられません。陰陽師に通じる人間ならば、分かっておられるはずです。悪疫を生み出す鬼脂の売り買いは固く禁止されている。もし、破れば、死が待っていることぐらい。そうでございましょう?」
「ふんっ!いつの話をしている。今の陰陽寮がまともに機能していない事ぐらい私が知らないとでも…」
「まあ、そうでしょうね。でも、力を持つのは彼らだけではない。見たところ妖がらみの品も目立つ。この事実を知れば、妖達が黙っていはいない」
「それはどうだろうな。これらを持ち込むのはその妖どもだ。そして、そう言った品を欲しがる人間はごまんといる。お互い損のない商売なんだよ」
「はいはい。妖の方たちも色々でしょうから。ですが、全員ではないのでは?
「僧のくせに、その契約の名を出すとはお前何者だ?」
何度か義宗の腕から逃れようとする店主だが叶わず、変わりに目を見開いた。
「お気づきですか?貴方を抑え込んでいるその男は悪疫がらみにも強い。そして、こちらの姫君も同様…」
「良く言うぜ。ここで最も危険なのはお前だ。鬼力を漂わせて、俺の前に現れるとは…」
「せめて、私がこの小屋に入った段階で感づくべきでは?」
店主は明らかに汗をかいていた。明確な恐怖だ。
微量の霊力を有するこの男にとって、俺のそばにいるのはかなり緊張するらしい。
「鬼力に魅入られた者がよくも…」
「ええ~。貴方がおっしゃる通り、陰陽師が役にたたないのです。私のような悪疫に近い人間も普通に歩けてしまう。この意味お分かりか?お前など、すぐに消せてしまうとね」
まあ、嘘だが、こういう男には効果はあるはずだ。
「何がお望みで?」
「鬼脂をどこで手に入れられたので?貴方が作ったというのであれば…」
義宗に視線を向け、頷けば刀を抜く仕草をする。
「ちっ…違う!女が持ち込んだのだ」
「女?」
「童だ。
子どもから買ったのか?
ますます、クズな奴だ。
「義宗、放してやれ」
「よろしいのですか?お望みならば…」
「これを“やった”ところで意味はないでしょう。ただの商売人なのですから。ですが、鬼脂に関わったのは事実。命が惜しいなら、さっさと店じまいして都を出るのが賢明と存じます」
「覚えていろ。この借りは…」
――パチンッ!
捨て台詞をすべて吐き終わる前に店主の頬を思いっきり叩く因子様にその場にいる男性陣は驚きのあまり固まった。
「貞暁様の慈悲を無下になさるおつもりで?その気になれば、貴方ごとき、どうとでもなるのよ。もし、これ以上、都で姿を見る事があったら、私がその首を叩き斬ってやるから」
因子様の声には鋭さと狂気が滲み出ている。
「はい…」
店主はまるで魂を失った人形のように頷き、店じまいを始めた。
えっと…。因子様。ますます、恐怖が板についてきてらっしゃるのはなぜなんです?
心持ち霊力の立ち上りも早い。それこそ、研ぎ澄まされた冷気のようだ。
「昌家様にあんなものを売りつけて、軽いぐらいです。本当ならもっと痛い目に…」
因子様、何する気で!
だが、彼女は銭を数個差し出し、店主の男に握らせた。
「これは貰っていきます」
「どうぞ。お納めください」
因子様は妖車の歯車を抱えて、小屋を後にした。
俺はその後に続くしかできない。
もちろん、義宗もである。
その場に残されたのは青い顔をした魔問屋の店主だけであった。