「夜分遅くに恐れ入ります」
定家様の屋敷に一人の男の声が通り抜けた。
それに反応するように義宗の殺気がさらに高まる。
「落ち着いてください」
まだ、誰かも分からぬのに斬り合いでも始める気か?
しかし、確かに定家様の屋敷を取り囲むように松明がたかれている。
その数は十個以上。
「予想だけでもかなりの人数が集結しているようです。たとえ、おじさんでもただでは済みません」
「心配するな。俺が全部片づけてやるから。前みたいにな」
だから、それが嫌なんだよ!
住蘭の式鬼達の時も結構、屋敷を汚してしまった。
また、やらかすのは客人として気がひけてしまう。
かといって、逃げられそうにもないしな。
ああ、俺を殺すのは諦めてくれたと思ったのにな。
なんとか、打開する方法はないものか?
「貞暁様は下がっていてくださいませ」
「因子様?」
渡殿で頭を抱える貞暁と今にも飛び出していきそうな義宗をおいて、彼女は門の前に立った。しかし、開ける気はないようで手は添えられている。
「全くですわ。月が昇る頃に来訪するなど、無礼にも程がある。それも、大勢でおしかけてくるなど何事でございますか?」
「お怒りはごもっともでございます。されど、こちらも命令を受けての事でありますから」
「そうであるならば、名をお名乗りくださいませ」
「私は
在京御家人って言ったら、幕府の命令で京やその付近に滞在している武士達じゃないか。
これは本格的に命が危なくなってきたな。
しかも、和田と言えば有力御家人のはずだ。
鎌倉の地で合議制の列に加わる
「胤長と言えば、義盛の甥じゃねえか!」
義宗の言葉に落胆した。
やっぱり、和田の一族かよ!
「武丸様。こうなったら、俺が先陣をきる。その間に…」
「逃がしてくれようとしてくれる心根はありがたいですが、成功するとは思えませんよ」
「やってみなきゃ、分かんねえだろ」
その楽観主義はどこから湧いてくるんだ?
因子様は門に耳をよせた。
「その和田様がどのような用向きで屋敷をお尋ねに?」
「こちらに貞暁様がおられるとか?」
はい。目当ては俺確定かよ。
「そうでしたら、なんだというのです?」
「京都守護様がお会いしたがっております」
在京御家人を束ね、治安維持に務める京における武士達の長である京都守護が自ら俺に会いたがっているだと?
「おられるのでしたら、どうか、お引渡しくださいませ」
「その言葉を信じろとおっしゃるので?在京御家人は朝廷とも足並みを揃える存在と伺ってはおりますが、すぐに殺める集団だとも聞き及んでおります」
俺、今、足、震えまくって…立ってるのがやっとなのに!
因子様はなんでそう、誰かれ構わず噛みつけるのです?
無謀にも程がありますよ!
「どなたにお聞きになったのか存じませんが、姫君に手をだすような真似はいたしません。そう言えば、名を聞いておりませんでしたね」
「不届き者に名乗る名などありません」
「おやおや、嫌われてしまったようで…」
門の向こうで愉快そうに笑う男の声に背筋が凍っていく。
どんな武者が立っているのか?
「お引き取りくださいませ。ここに貞暁様はおられません」
「では確かめさせて頂きたく存じます」
「嫌だといいましたら?」
「力ずくでやるしかありますまい」
「最初からそうなさるおつもりでしたのでしょう?では、せめて、お父上様の許しを得てからにしてくださいませ」
「では、定家様にお取次ぎを…」
「あいにく、お父上様はすでに眠っております。日を改めてくださいませ」
「それは弱りましたな。今日中につれてくるように言いつけられておりますから」
「では、致し方ありません。お父上様を起こしてまいります」
因子様は静かに門から離れ、こちらに走ってきた。
「時間稼ぎはあまりできませんでした。貞暁様、裏門からお逃げください」
冷たい因子様の指先が絡まった。
俺のような半端な人間のために危険をおかされるなんて。
定家様といい、なぜ、この親子はこれほどに優しいのか。
「ありがとうございます。ですが、私は参る事にいたします」
「武丸様!」
声を上げたのは義宗だ。
「この件に関して、お前の意見を聞く気はない」
きっぱりと主張すると義宗はなぜだか、肩をすくめ、押し黙る。
「たとえ、私が運よく、この屋敷を抜け出せたとしても京から出るのは難しいでしょう。多かれ少なかれ、見つかってしまう」
寺にもすでに手が回っている事だろう。
「それに彼らはやると言ったら、必ず実行に移す。因子様のお屋敷を踏み荒らさせたくはありません。定家様や具様が臥せっておられるのですから…」
「ですが…。貞暁様は幕府に命を狙われておられるのでしょう?彼らについていけば、どのような目にあわされるか」
うっ!
そうなんだよな。せめて、殺るなら一瞬でやってほしいよ。
拷問はやだ!
「クソっ!だから、すぐにでも京を離れれば…」
「それは嫌だと何度も言ったはずです」
「俺は武丸様に将として立ち上がってもらい、新しい世を…」
お前の目的、復讐じゃなかったっけ?
「武士になる気はありません」
「だが、こうなったからにはせめて、華々しく」
おい!俺もう死ぬみたいに言うな!
「義宗!」
「はっ!」
名前を呼ぶと背筋が伸びるんだな…。
面白い奴。
まあ、単純なだけだろうが…。
「いい加減、私の話に少しぐらい耳を傾けてくだされ」
日頃の怒りとうっ憤を込めて、義宗に鋭い視線を向ける。
彼は貞暁の念を悟ったように自らの膝を叩いた。
「なら、俺も行こう」
はあ?
もう馬鹿なのか?
「許しません」
「なぜだ?俺だって死ぬ覚悟ぐらい」
「あのですねぇ。まだ、殺されると決まったわけではありません。京都守護様は本当に私に会いたがっているだけかもしれないのですから」
「それこそ、ありえない」
人が折角、楽観的に考えようとしてるのによぉ。
そういうのやめてくれよな。
「なら、言いますが、謀反の疑い逃げている伊達義宗が私といるところを彼らに見られてみなさい。それこそ、すぐに首を落とされてしまいます」
「確かにそうだな」
おっ!素直に納得したか。
「ご心配なされまするな。私は死にたくありませんから、全力で彼らに媚びを売って見せます」
「それは武士としてどうなんだ?」
「だから、私は武士ではありません」
不満そうな義宗の前にしゃがみ込んだ。
「貴方の復讐心を消し去ると言ったのです。武士になる気はありませんが、ちゃんと、戻ってきますよ。全力で努力いたします。だから、待っていてください」
「武丸様…分かりました。お待ちしております」
どうやっても貞暁とは呼ばないんだな。
「それでは、門を開けてください」
よし。こうなったら、当たって砕けろだ。
いや、砕けたくはねえけど!
そうだ!これはある意味、戦じゃあっ!
なんか、義宗に感化されてきたかな。
因子様は唇を噛みしめて、門を開けた。
現れた在京御家人の一人は一瞬、少女にも見紛う美青年であった。