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第51話 心にぽっかりと穴が開く

 散らかった広いリビングで、ソファに膝を抱えながらテレビもスマホ画面も見ずにただぼんやりと白い壁を見続けた。あまりにも衝撃的な出来事で頭が働かない。食事も飲み物ものどを通らない。どうして、自分がこんな目に遭わなくちゃいけないのかと自問自答しては泣き続ける。腹を痛めて生んだ我が子を抱くことができない。笑ったりあやすことさえもできない。

 24時間つきっきりで見ることができないなんて、ずっと楽しみに待っていた。保育器に入ったまま、処置され続けて抱っこするのもほんの数分。悔しくてたまらない。

 坂本敏彦に洸は連れ去られた。結愛と碧央の目の前で一瞬だった。防ぎようがなかった。警察に通報しようと思ったが、病院側に拒否られた。なんでかわからないが、膨大なお金を坂本から院長に渡っていたため、内密にしてほしいとのことだった。お金は病院じゃなくて、結愛自身に渡すべきだろうとはらわたが煮えくり返る。

どうしようもない現実に意気消沈だ。


「結愛、ハーブティ。買ってたんだ。飲んでみて」

 結愛の身体を気遣って、碧央は退院前に出産を終えたばかりのおばさんに何か必要か確認をとって、気に入りそうなお茶を用意してくれていた。


「…………うん」


  ありがとうと言いたくても言えなかった。言葉少なめにそっとマグカップを受け取って、ゆっくり飲んだ。今は、少しだけリラックスできた。碧央は洸のことだけじゃない。結愛自身のことを大事に考えてくれている。それだけでもありがたいことだと安堵した。

 ふと、スマホの着信が入る。まさかの敏彦からだった。こんな時に話したくない。イライラが募る。解決するかわからない。感情的になるのをわかって、スマホ画面を碧央に向けて手渡した。


「はい、もしもし」

 碧央は結愛の代わりに電話に出た。結愛は横で碧央の腕をつかみ、おびえていた。何をされるのだろうと心配でもあった。碧央の表情が急に変わった。


「なんだって?!」

「……?」

「結愛、あいつの家ってタワーマンション? どこだよ」

「え、わからないけど、一番高いところじゃなかったかな」

「あそこか?!」

「ちょ、どこ行くの?!」

「『洸は返すって、俺は死ぬから』って言ってんだよ。本当か嘘かわかんねぇけど。何か電話の向こうで洸以外の子供も泣いてるんだ。俺、ちょっと行ってくるわ」

「……碧央?!」


 碧央は、慌てて都内の一番高いタワーマンション最上階へ向かったが、向かっている途中に救急車とパトカーのサイレンがうるさかった。スマホのニュースに速報が流れる。街の交差点にある大型ビジョンにニュース速報がテロップで流れる。『総資産100億円・実業家の坂本敏彦氏が死亡』と流れた。本当に亡くなったんだと目を大きく見開いた。


 敏彦のマンションの1室にどうにか駆けつけた碧央は驚愕した。

 窓が全開に大きなカーテンが冷たい風で強く揺れ動いている。

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