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第52話 欠陥さえも愛しい

 連日、ワイドショーやネットニュース、様々な媒体で総資産100億円・実業家の坂本敏彦氏が死亡したのは秘書が原因か?などどこから湧き出たのか嘘のような憶測が広がっていた。真実は、目の前で子供を残してベランダから飛び降りたであろう痕跡を見た碧央が一番よく知っていた。


―――誘拐された自分の子供をベビーベッドに残され、誰の子かわからない姉弟がリビングのおもちゃスペースで遊んでいる。乱雑された部屋を見ると母親の物は一切残っておらず、1人で子育てしていたのであろうゴミの山々だった。紙おむつがあちこちに落ちていた。粉ミルクの缶が床に落ちて、砂のようになって遊んでいる子供たちがいる。


「あいつ……嫁に逃げられたのか」


 握り拳を作って、洸を抱っこした。ベッドメリーから流れるオルゴールが眠りを誘う。何かを感じ取ったのか、姉弟たちが楽しそうに遊んでいたはずだったが、弟がおもちゃを振り回した瞬間、姉の頭に当たるとギャン泣きしている。


碧央は、洸だけ連れ出そうとしたが2人の子供たちに泣かれてしまい、行こうにも抜け出せず、リビングで結局おもちゃで遊んで楽しんだ。すると、敏彦の状況を知って身元を割り出した警察官たちが部屋の中にどかどかと入ってきた。


「警察だ! まさか、お前が坂本敏彦を殺したわけじゃないよな?!」

「ま、まさか。殺した人がこの子たちと遊びますか」

「きゃきゃ、楽しい。楽しい! もっと遊んで、ぱっぱ!」

「パパ?!」

「ち、違います!!」

「詳しくは署の方で聞くから着いてきて」


  犯人でもなんでもない碧央は、両腕を警察の人につかまれて、女性警察官に抱っこしていた洸を連れていかれた。


「な、せっかく会えたのに! 洸! 洸」

「……ん? どういうことだ。ほら、行くぞ」


 しまったというような顔をして、碧央は大人しく着いていくことにした。

 取り調べでは、明らかにこれは自殺だなと納得した刑事たちは、すぐに碧央を釈放する。被害者は碧央の方で、子供を誘拐された証拠に病院のスタッフに連絡とって

くださいとお願いしたら、どうにか信じてくれた。


 なんだか腑に落ちない気持ちになり、また洸と一緒にいられなくなると思うと悲しくなった。


「ただいまぁ」


 テンションがた落ちに結愛が待つ部屋に帰ってきた碧央は、リビングのソファに着いて、ため息をついた。テレビは坂本の自殺は何故かというような内容でワイドショーは持ち切りだった。


「おかえり。大変だったね。なんか、ごめんね」

 マグカップにお茶を注いだ結愛は、そっと碧央に渡した。


「なんで謝るのさ。全然、結愛は謝ることなんてないでしょう。悪いのはあいつじゃん。金持ちだからって人も子供も大事にできないんだから」

「……パパ活しちゃってたからさ。私」

「ぶっはぁ!!」


 碧央は飲んでいたお茶を吹いた。思わず、結愛の服にびしょ濡れになる。静かにふきんでぬれたところを吹く結愛にすぐに謝る碧央だ。


「ごめんね。吹いちゃった。結愛ってそんな大胆だったの? まぁ、俺も人のこと言えないけど……あいつ金持ちだもんな。え、既婚者だってやってたの?!」

「……あ、それは知らなかった。ずっと独身だって嘘つかれてたし。太客ではあったんだけど。私の生活養ってくれてて、まぁ、半分ヒモ状態だったけど」

「……ちくしょー俺が先に太客になればよかった!!!」


 あっけにとられた結愛は、目が点になる。


「嘘でしょ」

「もっと早くに会ってたら、そいつに会わずに済んだ?」

「……ううん。同時進行だったから」

「なぬ!? 浮気者め」

「人のこと言えないでしょう。碧央だって」

「まぁ、そうね。ごめんごめん」


 ずずっと、お茶を飲み直す。結愛は、碧央が座るソファの隣に移動した。


「洸……すぐに会えないの?」

「ちょっとね、警察からはすぐには引き渡せないんだって。証明するものとか色々ね。あいつ、さらに子供2人いたみたいだから、そっちの2人をどうするか決めてからって言われた」

「ねぇ、その子たちってお母さん一緒じゃなかったんでしょ。もしかして、育てたくないんじゃない? 育てるつもりなら、家出ないよね」

「うん、まぁ。連れ出すよね、普通はさ。縁切りたかったんだよね、あいつと」


 しばし沈黙になってから考える2人。ぱっと目が合って、何かをひらめいた。


「碧央、もしかして、私と同じこと考えてる?」

「ああ。そうかもしれない」

「よかった。私、何だか楽しみになってきた」

「うん。明日、すぐに電話で聞いてみるわ。今日はもう仕事終わってるだろうし」

「えー、今って誰が見てるの? 洸のこと」

「婦人警官さんじゃない? 子育て経験ある人だと思うよ」

「……そっか。大丈夫だといいんだけど」

「ねぇ、結愛」


 両肩をつかんでしっかりと見つめ合う。


「俺も、結愛も。ちょっとどころかだいぶ欠陥商品だと思うのね。人として……」

「え? うーん、そういわれちゃうと否めない」

「……へへへ、失礼なこと言ってごめんな。でも、これだけは言っておきたくてさ。俺、結愛となら、ここから新しいスタートを切れる気がする。まっとうなレール走りたいんだ。ついてきてくれるかな」

「え、それって……つまり……その……」


 結愛は頬を赤くして、額に顔を寄せてきた碧央を直視できなくなる。


「そう。結婚してください! 一生、大事にする。浮気もしない。周りの女子とは付き合わない」


「えーまぁ、信じられないけど……よろしくお願いします」

「いいの? ん? ちょっと待って、信じられなくてもいいの?」

「人間どうなるかわからないから。とりあえずは承諾しておこうかなと」

「何か、微妙じゃねぇ、それ」

「ううん。私はどんな碧央も認めるし、好きなんだ」

「多少、ふらついても良いってことか。それならいいや」

「そういうことじゃない!!」


 パシッと軽く頬をたたく結愛に碧央はてへぺろと舌を出す。


「一生大事にするよ。俺は結愛を愛してるから。離さない!!」


 碧央は結愛をこれでもかとハグをした。2人の心がやっとつながった。ベランダではスズメたちが祝福するように飛び立っていった。

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