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第54話 親の心、子知らず

 田んぼのど真ん中に軽トラックが止まっていた。

 黄金色の米が靡いている。稲刈りが始まっていた。田んぼの横の用水路ではカエルが跳んでいて、あぜ道ではカマキリが飛んでいる。カラスが電線に止まっていた。

 田舎では、空気が澄んでいる。


 結愛は、実家に帰ってきていた。たくさんの子供たちを引き連れて、母と父に見せようとやってきた。


「お母さん! お父さん!」


 結愛は、抱っこヒモに洸を乗せて、右手に樹絵瑠、左手に亜玖亜がいた。碧央は、荷物持ちをさせられていた。ママが良いと2人は碧央によりつかない。


「あれ、結愛? ずいぶんにぎやかねぇ。誰だい? その2人は。産まれたばかりとは聞いていたけど、見に行けなくてごめんね。農作業が忙しくて産後の手伝いもできなかったわ」


「お邪魔してます」

「ばーば? じーじ?」


 碧央は、ぺこりとお辞儀した。樹絵瑠は、結愛の母に寄り添って顔をのぞく。農作業の恰好でほとんど顔だけしか誰かわからない状態だ。父は、コンバインに乗っていて稲刈りに夢中だ。音がうるさくてこちらのことは気にしてない。


「は? どういうこと。私は、あんたたちのおばあちゃんになった覚えはないわ。子守りでも頼まれたの?」

「え……あー……」


 とげのある言葉に結愛は何も言えなかった。碧央に目をやると、冷や汗をかいている。


「ばーば! じっじ!」


 子供というのは無垢で素直だ。大人の事情など考えもしない。まだ言葉を話せない亜玖亜は足元にいた牛カエルが気になってつんつんしていた。


「ぎゃ!? ちょ、亜玖亜。それウシカエルだよ」

 結愛は、慌てて亜玖亜をウシカエルから離した。離されて不機嫌になる。横で聞いていた樹絵瑠は突然爆笑する。


「ウシガエル?! 牛なの? カエルなの? 面白い!!」

「まだわからないんだろうなぁ。いいなぁ、純粋で」

  碧央は、かがんで樹絵瑠と同じ目線になった。すぐに抱っこして持ち上げた。



―――実家の母屋にて。


「なんだって?! 3人の子育て中? どうしてそんなことになってるの? というか、洸君退院してから色々あって、結局碧央くんと結婚になったって話から全然進んでなかったけど、今になってどういうことなの? 結婚式もしないし、退院したよって報告だけで実家にも帰らないって意地張ってさ」


 母の麻祐子は、結愛が事件に巻き込まれたことを知らない。心配させないようにと言わなかった。産後の肥立ちで体力も精神力も失われるとされていたが、必死で隠し通しながら、碧央と二人三脚で頑張ってきた。やっと洸も昼夜逆転しなかったなと実家に遊びに来たが、樹絵瑠と亜玖亜のことを話さなければならないなと思い立った。


「そうなんだけどね……」

 出された緑茶をズズッと飲んだ。


「やめときなさい。子育ては生半可にできることじゃない。確かに両親そろってた方がいいっていうのは、あるけどもまだ財力がないでしょう。若いから。申し訳ないけど、その2人は児童養護施設の方にお願いするべきだと私は思うわ。洸君に集中しないと……結愛の体力が持たないじゃない」


 麻祐子は、結愛を心配してのことだと重々知っていたが、いざ、はっきり言われるとは思ってもいない。がっかりして、何も言わずに飛び出した。


「あ……」


 碧央は、手を伸ばしたが、追いかけるべきか悩んだ。洸は、抱っこヒモからおりて、ふとんの上で手足を動かしていた。


「少し頭を冷やしてくるべきね。碧央くん、私はあなたを信頼しているわ。結愛のために最善を尽くしてね」

「あ、はい。そのつもりではいますけど……すいません。今の状況では、お義母さんの味方でいることは俺も難しいです」


 そう言って、碧央は立ち上がり、子供たちを置いて、結愛を追いかけた。麻祐子は冷静にお茶をゆっくり飲み直した。さっきまで大人しかった洸が泣き始めた。その横では、持ってきたたくさんのミニカーで遊ぶ樹絵瑠と亜玖亜がいた。


「はいはい。今ね、ママ、お散歩中だよぉ」


 麻祐子は、泣いている洸をそっと抱っこして、ゆらゆらした。小さい子は嫌いなわけじゃない。大事に育てないといけないだろうという想いが強いということだ。

夕日が沈みかけて、空ではカラスが鳴き始めていた。


「ほら、カラスさん、鳴いているよぉ。夕方になるねぇ」


 田んぼが広がる周辺は、澄み切っていて空気が綺麗だった。

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