結愛が、夕日が沈む公園で一人ベンチに座って泣いていると、ラフな格好の男性が小型犬のチワワを散歩しながら公園の中に入ろうとしていた。足元の砂利が鳴る。
「もしかして、結愛?」
「……え?」
泣いて顔を赤くしていた結愛は鼻をすすった。
「何でこんなところで泣いてん?」
チワワが先に結愛にジャンプして抱っこをせがんだ。人懐っこい性格のようだ。
「え~、見られたくなかったなぁ……。おーよしよし」
結愛は涙と鼻を拭って、慌てて気持ちを切り替えた。チワワが興奮して、結愛の口を舐める。
「おい。まめ! 調子乗るな。ごめんな。こいつ、すぐ可愛い知らない人にちょっかいかけるから」
彼は、リードを引っ張って、結愛からチワワを離した。
「う、うん。大丈夫。ワンちゃん好きだから」
「……何かあったか聞いても、いいか?」
しゃがんで、まめというチワワにおやつを与えて、興奮をおさえた。
「ううん。それも大丈夫……平気平気。それより、久しぶりだよね。
理由を話すのは、ちょっと違うなと思った結愛は話を切り替えた。裕哉は幼少期からの幼馴染だった。近所に住んでいて、いつも学校終わりに公園で遊ぶのが日課だった。
「うーん。まぁな。そこそこ元気だな。結愛は?」
「……うん。元気だよ。大丈夫」
「そ、そうか。あ、ちょっと止まって」
ベンチ2人、チワワを抱っこしながら、裕哉は結愛の顔に触れる。そこへ、公園の入り口の外から様子をうかがっていた碧央が2人の急接近にどきまぎしていた。死角になっていて、ただ頬についたまつげを取っただけなのにキスしていると勘違いした。夕ご飯の準備ができて、一緒にご飯を食べようと呼びに来たが、そういう状況が無くなった。借りたサンダルで走ってきた碧央の足にはチマメができていた。慣れないことをするもんじゃないなと道を引き返す。
「ごめん。細かくて……まつげが気になったからさ」
「ううん。大丈夫。いつも裕哉には、助けられてばかりだったね。公園でけがした時もすぐ助けてくれた。甘えてばかりでごめんね」
「いやいや。そんなことはないよ。男たるもの女子を助けるものでしょう」
「……うん。そうだね。ありがとう。昔のままの裕哉で安心したよ」
ふっと泣いていたはずの顔がほころんだ。何だか胸がきゅっと縮こまった裕哉は、もう一度結愛の頬を触る。そこにまめがずるいぞとジャンプして間に入り、結愛に飛びついた。
「おい! 邪魔するなよ」
「ワンワンワン!」
甲高い声で反抗的な態度を見せる。嫉妬心満載だ。
「可愛いね。まめちゃん」
ぺろぺろ興奮して、結愛の頬を舐める。チワワのまめは、後ろを振り向いて、裕哉にドヤ顔を見せ、また結愛の腕に体を寄せた。
「ほんとに可愛い。ワンちゃんは小さいままだから、ほんとにいいね」
「……え? どういうこと?」
「あ、うん。いや、こっちの話。そろそろ行くね。お母さんたち待ってるから」
結愛はあえて、近況報告をしないで立ち去ろうとした。裕哉は、リードを伸ばしてまめを下におろした。公園の門の前、結愛に声をかける。
「なぁ!」
「え?」
「また会えるか?」
「……うーん。わからない。気が向いたらかな」
「また来るから。散歩。いつもここでしてるからさ」
「ふーん。そうなんだ。わかった。まだ実家にいたら、ここに来るね。バイバイ」
「おう、じゃあな」
2人は、薄暗くなった公園の街灯の下で別れを告げた。違った世界に考えを向けられて、結婚を間近にマリッジブルーなんだろうなと改めて、感じる。両親の婚姻の許可をもらうまであと少し。自信持って、前を進もうと決意した。
「ただいまぁ」
笑顔で玄関の引き戸を開けた。家族全員が出迎えてくれたが、碧央だけ小さな声でただいまと言っていた。一人碧央の頭の中で不信感が溢れていた。
一家だんらんが戻ったが、複雑な気持ちで家族で夕食の時間が過ぎていった。