肌寒い朝。寝室のふとんの散らかりの様を見て、ため息をつく。碧央は、むくりと起き上がり、台所に向かった。まだ朝日は昇っていない。熟睡できなかったから、こんな朝早くに目が覚めたのだろう。蛇口のレバーをひねって、透明なコップに水を入れた。喉にひやりと伝わる。朝一番の水は冷たかった。
「おはよう……起きるの早いね」
目が覚めたのは結愛だった。目をこすりながら、碧央の後ろに移動を通り過ぎた。空っぽの哺乳瓶をシンクに置く。
「おはよ。喉が渇いてさ。目が覚めたんだ。子供たちは寝てるの?」
「うん。朝方になって、熟睡してる。3兄弟みたいにね」
襖を開けると、身体が四方八方にクロスしている。まるで、ゲームをしてるかのように重なって寝ていた。三人の手がつながっている。洸だけは赤ちゃんだと思ってそっと手に触れるようになっていた。お兄ちゃんお姉ちゃんの優しさか。
「血のつながりって本当は関係ないんだね。仲良くて本当によかった」
「人懐っこい性格だからかな。そうだな。血がつながってなくても仲良く過ごせれば兄弟そのものだよな」
「うん」
しばし3人の様子を見て、微笑ましく眺めていた。ふと、碧央が思い出す。
「あ、あのさ。昨日のことなんだけど……」
「昨日?」
「公園で散歩してた男の人……」
碧央が言いかけると、静かにしていたと思ったら、突然、洸を火をつけたようにギャーと騒ぎ出す。
「あ、ごめん。行かないと……」
結愛は、もこもこスリッパを脱ぎ捨てて寝室へと入っていく。碧央は、話を言いかけて後頭部をがりがりとかいた。洸が泣くと横で寝ていた樹絵瑠と亜玖亜も起き出した。
「うわぁん、骸骨出てきて怖い~~!!」
樹絵瑠が怖い夢を見たようで結愛にしがみつく。パジャマのズボンはびしょ濡れだ。左側には洸を抱っこしていた。
「そうだったの。大丈夫、大丈夫」
冷静に対処する結愛に碧央はたくましいなと感動しながら、洸を結愛の代わりに抱っこした。改めて、結愛は樹絵瑠をお風呂場に連れていく。
「やだ。お風呂場寒い! やめてー」
騒ぎながら、ポカポカと結愛を体をたたく。寝室では碧央が泣き続ける洸をなだめようとする。抱っこしながら、お尻をぽんぽんとリズムよくたたいた。それでも泣いていた。
「あー、ダメか。ママじゃないとダメなのか。よーしよし。パパ悲しいなぁ……」
「碧央! 樹絵瑠の着替え、持ってきて。バックに入ってるから」
お風呂場から叫ぶ結愛に反応したのはトイレに起きた麻祐子だった。
「朝から騒々しいわねぇ」
「ハハハ……にぎやかですいません。ほら、結愛、持ってきた。ちょ、待って。今度は亜玖亜?」
立ち上がった瞬間に碧央の足をがっしりとつかんでいたのは、こちらもびしょ濡れの亜玖亜。泣きもせず、親指をちゅぱちゅぱくわえている。左には洸が相変わらず泣き叫んでいた。
「あーーー、ちょ。俺、マジやばいわぁ」
カオス状態の現場に麻祐子は、トイレから出て呆れた様子でそっと洸を抱っこした。
「全く、育児ベテランに任せなさいよ。そんな一気に泣かれちゃ頭パンクするでしょう。碧央くんは外にでも行って、気分転換しておいで。ほら、洸ちゃんはミルクね。あと、亜玖亜くんは、ママに行きなさい!」
てきぱきとこなす麻祐子に頭が上がらない碧央は情けなくなる。母強しっていうのはこういうことを言うんだなと改めて実感する。
「ありがとうございます!」
碧央は、深々とお辞儀をして、縁側まで軽く走った。朝日が昇る外はまだ肌寒くスズメが数羽鳴いていた。さっきまで子供たちの泣き声で騒がしかった部屋が静かになった。子供が1人いるだけでだいぶパワー使うが、さらに2人増えるとかなりにぎやかになるんだなと腰に肩を乗せて、ふーと深呼吸ついでにため息もついた。
「お? 子供たちに負けてるの?」
耕太郎は、碧央の疲れ切った顔を見てしずっていた。
「え、まぁ。お手上げですよ。子供たちは最後にはママがいいっていうんですから。父親の役割って悲しくなるときありますね」
「まぁなぁ。仕事づくしでほとんど家にいなかった俺には何も言えないけど、女は強いのよ。育児は母親が長だから。父親なんて追いやられるのさ。それは勝てない領域ね」
「お義父さんもいろいろあったんですね」
「そ。そんなもんよ。ほれ、吸うんだろ」
耕太郎は、持っていた紙たばこを碧央に差し出した。碧央は首を横にして振った。今は、紙たばこじゃなくニコチン0の水蒸気たばこに変更していたからだ。それでも懲りずにすすめる耕太郎に致し方なく、付き合うことにした。
「今だけいいだろ。付き合いなさい。あと、当分吸えなくなるんだから」
「あ、ありがとうございます」
ライターを借りてたばこに火をつけた。数カ月ぶりに吸うからか何回かむせた。
「体もろくなってる?」
おバカにしたように笑う耕太郎にさらに笑う碧央だった。
「見かけによらないねぇ」
金髪頭にたばこを吸わないというイメージは合わなかったようだ。碧央は気にせうずお付き合いたばこをした。そこへ、結愛が洸を抱っこしながらやってきた。
「あーーー! たばこ辞めたって言ってたのに」
「あ……これは」
「結愛、今日くらいは俺につき合わせなさい。しばらく吸えないんだから」
「お父さん、なんで碧央にすすめるのよ。全く、禁煙させようと思ってたのに!」
イライラしながら、縁側を通り過ぎていく。洸はご機嫌に抱っこされていた。さっき泣いていたのが嘘のようだ。
「結愛もおかあさんみたいな小言いうようになったな……」
ぼそっと言う耕太郎に碧央は笑うしかなかった。新聞配達員が自転車で通るのが見えた。だいぶ朝日も上がってきている。朝ごはんの匂いが台所から香っている。
「さ、いこうか」
「あ、はい。たばこ、ありがとうございました」
「気にするな。まぁ、お互いがんばろう」
肩をぽんとたたかれる。碧央は義父の存在が大きく感じた瞬間だった。