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第59話 義春の優しさに触れる

 ファストフード店の自動ドアが開く。ポケットに手をつっこんで、碧央は、久々に一人で外出する時間ができた。子育てとバイト、大学に毎日やることが多くて抜け出せない日々に義母の麻祐子に息抜きしろと無理やり外に追いやられた。田舎町から都会の東京に出てきてから翌日。子供と結愛を結愛の実家に任せて、羽を伸ばしにきた。マスオさんのように婿養子になっていて、気を遣う機会が多い。義父母は理解してくれていた。


 ファストフード店の端っこで手をあげているのは鈴木 義春だった。


「よっ。おひさ」

「やっと会えたなぁ」

「七夕の織姫と彦星状態だな。俺ら。おいおい、彼氏彼女かよ?」

「お前が言うのか。俺、攻めね」

「俺が受け?! 嘘だろ。俺が攻めだ」

「何の話だよ」


 2人は、半ば冗談を言いながら、碧央は持っていた車のカギをテーブルの上に置いた。


「あらあら、VIP~。大学生で高級車?」

「んなわけないだろ。普通のセダンの車だわ。義父に借りた車。そんなに自慢するようなもんじゃねぇよ。また、そうやって違う世界戦作ろうとするぅ。俺、もう帰るよ?」

「わかった、わかった。うそ、うそ。冗談。久しぶりなんだから、ゆっくり座れって。俺が注文してくるから。てりやきバーガーセットでいいだろ?」

「うー、むーーー。うん、それでいい」


 唇をとがらせて、不機嫌にさせると、すぐにうなずいた。碧央にとって、てりやきバーガ―は定番のメニューだった。


「はい。ここで座って待ってなさい」

「はい、わかりました」


 碧央は小学生のように手を挙げて素直に席に座った。義春は、立ち上がって、レジの列に並んだ。

 注文を終えて、戻ってきた義春をじっと見つめた。持っていたスマホをジャケットの中に入れる。


「そんなに俺が来るの楽しみだったのか?」

「もう、生活ががらりと変わるからな。色々たまるだろ。話すこと」

「はいはい。碧央くんはアウトプット好きだもんね。いつもとっかえひっかえあの子はどーだ、この子はどーだって言ってたもんね」

「な?! その黒歴史はもう終わり。それは、なし。俺は、もう安定に入ってきてる」

「なに?! 妊娠してるのか。ま、まさか。俺の子か?」

「そうそう。安定期でね、出産は5月だよ……阿保! んなわけないだろ。男同士でどう妊娠するんだよ」

「そうか。ごめんな、気づかなくて、出産に必要なものあったらすぐに連絡してな」

「おい!!」


 碧央は、フライドポテトをくわえながら、叫ぶ。言い終えた義春は笑いがとまらない。


「碧央をいじるのは相変わらず楽しいんだわ!」

「楽しむな!」

「……俺はそれ以上に大変なんだぞ。冗談きついわ」

「わかってるよ。もう聞いてるから。その話。ラインで前もって言ってただろ。血の繋がらない姉弟も一緒に育てることになったって。お前ら、よく決断したよなぁ」

「……う、うん。そう」


 コーラが入った紙コップをズズッと吸った。紙ストローでクシャと崩れてくる。義春はハンバーガーをガブッとかぶついた。お昼時のファストフード店は次々と混み始めていた。


「んで、結婚は正式に決まったのか?」

「……それがまだ。決まってない。やっぱり、結愛の両親が血の繋がらない子供2人を受けいれるのはどうかって話で保留になってる。俺が決めたわけじゃなくて、結愛が決めたんだけど、苦労が見えるからって反対されてるんだ。なぜか俺の結婚もすべて」

「ほう。そういう感じかぁ。大変だなぁ。確かに血縁関係でも大変なのにわざわざ難しいことしなくてもいいよなぁ」

「児童養護施設に預ければいいだろって簡単に結愛の母親は言うんだが、結愛が愛着が沸いて……俺もまぁ、慣れてきたから離れ難しってところなんだ。まぁ、経済的なこと言えば、結構厳しいところもあるし、どっちをとるか的なところもあってな」

「お金ねぇ。深刻な問題だ」


 ストローをずずっと吸う音が響く。義春は、所詮他人事だとあさっての方向に見ている。その様子を碧央は逃さなかった。


「そうやって、他人事だと思っているだろ。そうやって、義春は俺のことどうでもいいんだよなぁ」

「そ、そんなことはないよ。彦星だろ? 俺。お前が織姫で」

「……もういいよ。言わなきゃよかったなぁ」


 独り身の男に相談したのが間違ったなと碧央は何度もため息をしていた。義春は碧央の肩を何度もぽんぽんと撫でた。


「そんな、気休めななでなでなんていらないやい! あたまを撫でろ。俺の」


 碧央は義春の手を使って、自分の頭を撫でるセルフなでなでをして安心させた。


「俺は彼女かよ?!」

「同じようなもんだろ」


 近くを通りかかった女子高校生たちは2人を見て


「ねぇ、あれBLかな。マジやばくない?」

「きっとそうだよね」


 BLに興奮する腐女子たちが走って逃げていく。変なものを見せてしまったと2人は後悔した。


「やめろって。はずいから!」

「悪かったよぉ」


 半泣きの碧央は義春に謝っていた。複雑な気持ちのまま、碧央は義春に別れを告げた。


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