青く澄みわたった空に赤い風船がふわりと飛んだ。芝生が広がった庭にたくさんの白いテーブルとイス。カラフルな花束が飾られていた。どこからどもなく、シャボン玉が風で流されていく。おしゃれなドレスコ―ドに身を包んだ樹絵瑠と亜玖亜が小さいながらに大人しくしていたが、行動は静かではなかった。お喋りは禁止と結愛に叱られてから走ることは禁じられていないはずと勘違いしてぐるぐると走り回る。手にはシャボン玉の緑色の吹き棒を握りしめていた。
「やだー。やめてー追いかけて来ないでー」
シャボン玉遊びから鬼ごっこに切り替わった。今は大事な式の真っ最中。誰も止めることができなかった。ステージにいる主役である結愛と碧央のそばまで近づいて、背中で隠れた。
「ちょっと、ママ。亜玖亜を捕まえてよ!!」
樹絵瑠が叫ぶ。気にせず、きゃきゃっと笑いながら亜玖亜は追いかける。
「樹絵瑠~、席に戻っててー」
真っ白いレースのドレスを着た結愛は大人しい雰囲気がいつもの子育てモードに戻ってしまう。タキシードを纏ってたじたじになった碧央は、ぐいっと亜玖亜を抱っこして、テーブル席に運んだ。胸ポケットにつけていたブートニアの花が地面に落ちた。
「おいおい。大事なもの落とすなよ」
スーツを着た義春が足元に落ちた花を拾った。碧央がすぐに受け取る。
「悪い。ありがとうな」
「慌ただしい式だな。これは前途多難になりそうだな」
「まぁまぁ。人生誰でもそんなもんだろ?」
「はいはい。そう言うと思った」
颯爽と歩きだす碧央のタキシードの後ろ姿に嫉妬する義春だった。テーブル席に戻された亜玖亜は覚えたてのフォークでお子様メニューのハンバーグをさした。
「ほら、亜玖亜。みかんもあるよ。しっかり食べな?」
麻祐子は隣からそっとデザートのフルーツ皿に指さした。もぐもぐと食べるのに夢中になる。未だに結愛のドレスにしがみつき動こうとしないのは、樹絵瑠だった。
「樹絵瑠? 席に戻ってて」
「やだぁ。また戻ったら、亜玖亜にいじわるされる」
「大丈夫だから。ほら、お子様ランチに夢中になってるよ。樹絵瑠の分もあるでしょう。全部食べたら、ケーキもあるんだよ」
「え? ケーキ食べれるの。やったぁ」
ケーキの言葉に反応して席に戻る樹絵瑠。ため息が出た。小声で碧央が結愛に話しかける。
「お疲れ様」
「う、うん」
結婚式の司会者が気を取り直して咳払いをしてマイクを持った。
「それでは、お二人から結婚の誓いの言葉を述べていただきましょう」
たくさんの参列者の前で結愛と碧央は、緊張しながら隣同士に立った。誓いの言葉が書かれた誓約書を持って、話し出す。
「私たちは 今日ここにお集まりいただいた皆様の前で一生変わることなく、お互いをいたわり合い 助け合い 苦しいことも悲しいこと楽しいことも二人で分かち合い
平和で幸せに溢れた明るい家庭を築くことを誓います」
諸事情があって来られなかった碧央の家族のテーブルは、がら空きだったが、結愛の家族、それぞれの友人たちに囲まれて、誓いの言葉を述べた。
「誓いのキスをどうぞ」
司会者は恥ずかしげもなく、さらりと言うことに逆に照れてしまう2人だった。ヴェールをめくり、そっと顔を近づける。みんなが見てる前でキスなんてしたことがない。恥ずかしくなって、頬を赤くさせる。くすっぐたい空間だ。
「いい?」
「うん。大丈夫」
碧央は結愛の肩をおさえて、誓いのキスをすると、2人の空間がほんわかする。見ている人たちもそっと見守るように優しい拍手をした。まだ喋れない洸は、子供用の椅子でベルトをして、ストローマグを持って、終始ニコニコしていた。麻祐子と耕太郎に見守られながら、式に参加していた。
色々、生活がどうだこうだと反対していたが、このまま嫁に行けなくなるのも困ると将来性を考えて致し方なく、了承した。真面目な碧央の対応に納得した結愛の両親だった。結婚を認められたのはいいが、碧央の両親がここに来てないのは参列した者みんなが不安になることだった。
「ねぇ、碧央。はっきり聞けてなかったけど、なんで碧央の両親ってここに来れないの?」
「……うーん。まぁ、いいじゃん。気にするなよ。結婚式は絶対参加ってわけじゃないだろ?」
一通り式を終えて、みんながリラックスしていた頃、帰る準備をするときに話していた。心に何かがひっかかる。どうしてかわからない。
碧央は、ズボンのポケットに手を入れて、空を眺めた。
結愛には言えない。結婚の話をしてからというもの、両親と絶縁状態だってことを口が裂けても絶対に。
碧央は、結愛に大丈夫だと言っていたが、結愛の心のモヤモヤは消えていなかった。直感はあながち間違いではないのかもしれない。
強行突破の結婚は幸せになれるのか。碧央は知る由もなかった。