アスファルトの遊歩道が続く公園を歩いていた。ベビーカーを押す必要が無くなった分、子供たちを監視する神経がより強くなる。どこに向かうのか。何をするのか。危険なことはしてないか。他人様に迷惑かけていないか。大きくなればなった分だけ使う神経が変わってくる。歩けない時の赤ちゃんは、まだまだ親がいないと動けなくて、ちょっと触っただけでも脆くて儚い。愛しさは強かった。自分自身との親と比べるからか、子供へ嫉妬することもしばしばある。親として務めを果たさなければと思いつつ、母親にもっとこうしてほしかったああしてほしかったが自然と子供へと嫉妬心に変わり、怒りを覚えてしまう。親なのに、対等の立場にならなくていいはずが、友達目線に変わる。そうじゃないと言い聞かせてやり過ごす毎日を繰り返して、長い年月が経った。
洸が3歳になって、自分でしっかりと歩けて自分の言葉ではっきりと話すようになった頃、親子で実家から近い公園を散歩していた。碧央は、洸を肩車する。亜玖亜と樹絵瑠は覚えたての自転車に乗って、きゃきゃ言っていた。これが家族の形なのかと頭の片隅で考えながら、平凡な暮らしが一番幸せだと気づかされた。
「あ、わるい。洸、おりてもらえる?」
碧央は、肩車していた洸の体をそっとおろした。
「えーーやだぁ!! ずっとここにいる」
「いや、本当、マジでやめて。電話来たから出なきゃない。結愛、ちょっと変わって」
「え、電話? 職場から? もう、こっちおいで。パパ、お仕事だから」
「えーーー、やだやだやだ」
駄々をこねながら、肩車からはがされる洸を結愛は無理やり抱っこした。
「ママがいいでしょう」
「ママより今はパパなの。出張行っちゃうから、今しかいられない!!」
「仕事の電話しっかり出ないといけないんだよ、諦めて」
「電話なんて後でにすればいいの!!」
「洸、おいで!!」
結愛は、駄々こねの洸にたじたじだ。少し離れた場所で電話をし始める碧央を横目でチラリと確認する。昨年の春から大学卒業してすぐに決まった就職先でやっとこそ落ち着き始めた頃、出張の仕事が頻繁に入るようになった。電話も土日関係なく、来るようになる。結愛は本当に仕事かと疑う。
碧央はというと……
「―――斎藤部長、その件に関しては木下専務に頼んでいました。申し訳ないんですけど、そちらで対応願いますか。はい。ええ、よろしくお願いします」
(休みの日にまで、仕事の確認の電話が斎藤部長から来るなんて、勘弁してくれよ。心配性な人だ)
「……大丈夫?」
洸を抱っこしながら、碧央の様子を確認する。特に隠すようなことはしてなかった碧央は電話の事情をすぐに報告する。隠し事はないんだと安心する。だが、斎藤部長は独身でグラマーな女性だ。碧央が何とも思っていなくも狙っている可能性はゼロではない。
「ああ、なんとかなるだろう。そういや、亜玖亜と樹絵瑠はどこまで行ったんだ? ここの公園かなり広いから把握しにくいよな。遊具にでも行ってるのか?」
「……ごめん、洸のこと抱っこしてて、自転車に乗ってた2人のことは見てなかった。さっきまで楽しそうにしていたから大丈夫と思っていたよ」
「ああ、そうか。疲れたらこっちに来るか。サンドイッチ作ってたもんな」
「そう、手作りのたまごサンドとツナサンド。2人が一番好きなやつ」
「僕も好きだもん。ママのサンドイッチ!」
「俺もぉー」
微笑ましい2人の言葉に照れる結愛だった。碧央は、2人を両脇にぎゅーっとだきしめた。すると後ろから怒ってやってきたのは亜玖亜と樹絵瑠だ。ヘルメットをかぶって、右腕をあげながら、こちらに向かってくる。自転車ごとぶつかりそうだ。
「ずるいーー」
「わたしもーー」
自転車のスタンドをおろして、急いで、結愛の隣に走る2人。
「ママはパパだけのものじゃない!」
「ママは洸のものじゃない!」
「えーーー、僕のママ!!! アクマとテンシは違う」
「???」
「洸、誰の事言ってるの?」
洸は、亜玖亜と樹絵瑠のことをアクマとテンシと言って指さした。本名が言いづらかったようだ。
「難しくないんだけどなぁ。間違うんだ」
「まぁまぁ、わざと言ってる可能性もあるよ」
「そっち? きょうだいげんか激しいから。3人とも」
「確かに……」
結愛と碧央は変に納得してしまう。洸は負けじと2人の闘いを挑む。身長が小さくて笑う2人だ。
「まだまだ小さいくせに」
「おねえちゃんのいうこと聞きなさい!!」
兄の亜玖亜は、負けたくない。姉の樹絵瑠は洸を支配下に置きたい。小さな母親になりたい。
「ぼくはぼくのやりたいようにやるんだ!」
洸は洸で考えがある。我が強い。碧央のように何でも器用にこなしたいらしい。そこは親譲りなのか。毎日、前途多難で新しい発見ばかりだ。
「子供の発想は自由だな」
「そうね。本当、自由でうらやましいよ」
碧央は洸をだっこしながら、ぼそっとつぶやいた。結愛は、遠くで喧嘩する亜玖亜と樹絵瑠を呆れながら眺めていた。
さんさんと差し込む昼下がりの太陽があたたかく見守っている。平和な時間が流れるこの時間が愛しく感じた。