巨大な白い布がめくられると、その下に数百の棺が規定通りに並べられていた。
一つ一つの棺の上には、銀色の探索家記章がしっかりと取り付けられている。
その瞬間、会場全体が一瞬にして静まり返った。
ウェイスグロ防衛戦は確かに大勝利を収めたが、勝利の喜びが冷めやらぬうちに、目の前に広がる光景が見る者の心に重い悲壮感を押し寄せる。
これらの棺の中で永遠に眠る者たちは、数時間前まで共に戦っていた仲間たちだ。
だが今、彼らはもうこの世にいない。
彼らは前線で、モンスターの波の中で、命を捧げて人類を守った。
その光景を目にした全員は、誰一人として指示を待つことなく、まっすぐに立ち上がり、厳粛に礼を捧げた。
戦死した探索者たちに対し、今生きている自分たちが英雄だと言うことは到底できなかった。
各大手の配信サイトにも数千万の視聴者が集まり、コメント欄は現場の空気に影響されて深刻なものに変わっていった。
:ご冥福をお祈りします
:すごく悲しいけど…これが世界の真実だ。ダンジョンが現れてからずっと、人類は危機に瀕していた。彼らが命を懸けて守ってくれたからこそ、今の平和があるんだ
:自分も決めた。死亡率70%とか言われてるけど、遺伝子誘導剤を打って探索者になる
:眠りについた英雄たちに、心から哀悼の意を表します
:貴方たちがいたおかげで、今も僕たちはこうして生きている。本当にありがとう。絶対に忘れない
:ウェイスグロで戦ってきた勇者たちに最大の敬意を
:俺も必ず探索者になる
:心斎橋近くに住んでるけど、もし探索者たちがいなかったら…
:私にできること少ないかもしれないけど、配信終わったら遺伝子誘導薬を打ちに行く。眠りについた英霊たちのためにも
会場内で哀悼の時間が過ぎた後、ライーン会長が再び舞台の中央に立った。
その瞬間、質素な外見とは裏腹に、彼の目は圧倒的な光を放ち、その視線は人々の心に深く響くような力を感じさせた。
ライーン会長と視線が交わった者は、まるで自分の心を覗き込まれているような奇妙な感覚に襲われ、宮本も例外ではなかった。
その奇異な力に引き寄せられるように、多くの探索者は心の動揺を隠せない様子を見せていた。
だが宮本は不安を感じることなく、むしろライーン会長の視線に好奇心を抱いた。
(さすが偉大なる探索者協会の会長。一つの目線でこんな力が宿っているとは…。ライーン会長の戦闘スタイル、気になるー)
舞台中央でライーン会長はほんの少し動揺を見せ、風に揺れる長い眉をわずかにひそめた。
(おやおや、面白い。 私の仙人スキル『
ライーン会長が演説前に仙人スキルを使った理由は、会場内にテホムの擬態型モンスターが紛れ込んでいないかを確認するためだった。
もしモンスターが紛れ込んでいた場合、『大冥想天視』の下では決して逃げられないからだ。
ライーン会長が宮本に注目していたのはほんの一瞬で、彼にはもっと重要なことが待っていた。
「皆さん、今回の激戦を経て、あなたたちに知らせるべき重要な事実があります。この戦いに関わった勢力が、一体どこから来たのか。それについてです」
会場内に静かな緊張が走った。
「探索者協会が長年にわたって調査と研究を重ねた結果、すべてのダンジョンの下層は共通していることがわかりました。これらの場所を総称して、『テホム』と呼ぶことにします」
この言葉が発せられると、会場は一斉に驚きの声を上げた。
ただし、協会の高層部に属する氷原、美月、ニーセルの三人はすでにその事実を知っていたようで、驚きの表情を見せることはなかった。
そして、テホムパイオニアモモールを一撃で倒した宮本は、「テホム」という言葉を再び耳にした瞬間、突如としてバルトに関する記憶が脳裏をよぎった。
それはバルトを生み出した邪悪な領域の記憶だった。
冷たく、孤独で、邪悪で荒涼とした暗黒の領域。
そして、バルトの記憶に深く刻まれ、彼を震えさせる存在――「テホムヘルシャー」。
(会長が言う『テホム』、もしかしてバルトを生み出したあの黒い領域のことか…?テホムパイオニア… テホムヘルシャー…何か関係があるはずだ…。)
宮本が混乱した思考を巡らせている間に、ライーン会長の声が再び会場に響き渡り、彼を現実に引き戻した。
「いわゆる『テホム』とは、果のない邪悪で満ちた地です。その中には、人類文明を滅ぼすことのできる恐ろしい力が隠されており、恐ろしい魔物たちが徘徊しています。言ってみれば、それは絶望的で無秩序な場所です。」
会場内は静まり返り、ライーン会長は話を続けた。
「ダンジョンが現実世界に現れ始めてから、もう30年が経過しました。その間、私たちは世界中のダンジョンの本質を徹底的に研究し続けてきました。そして、最終的にたどり着いた結論は…。」
ライーン会長は一息つき、深刻な表情で続けた。
「現在、私たちが認識しているすべてのダンジョンは、実は『テホム』への入り口に過ぎないということです。
これらダンジョンとして孤立して存在し、現実世界には影響を与えないはずの『テホム』への扉は、時間が経つにつれ驚くべき速度で進化しています。そしてその進化の先にあるのは…完全に開かれることです。
皆さん想像してみてください。もし日本にある365個のダンジョンすべてが異変し、何億というテホムのモンスターたちが現れたとしたら、世界中で百万にも満たない探索者たちが、どうやってそれに立ち向かうのでしょうか」
ライーン会長は一呼吸おいて、少しの間、会場に考える時間を与えた。
「私は、この真実を公表することで、数億人が恐怖に駆られることになると分かっています。もちろん、この話を疑う人も多く出てくるでしょうし、私が社会的恐慌を引き起こすだけだと非難する声も聞こえてくるかもしれません。
しかし、私たちに残された時間はもうわずかです。もし、このテホムの侵攻が迫っているという真実を公にしなければ、私たちの文明はテホムによって終焉を迎える運命になります。」
ここで、ライーン会長は突然、空間リングから一台の古びたカメラを取り出した。
「…これは10年前、私がテホムに足を踏み入れた際に拾ったものです。カメラの中の映像は修復してもらいました。
再生を始める前に、皆さん、そしてこの配信を見ているすべての方々に、十分な心構えをしていただきたい」
会場の探索者たちやコメント欄の様子はすでにザワザワと動揺を見せていた。
ライーン会長は、少し間を置いてから続けた。
「…夜帝。人類史上初のEpsilon級強者、探索者協会初代会長、そして私の…最も親しい相棒…。彼から伝えたいことがあります」
その瞬間、会場はざわめき、騒然とした空気が広がった。
なぜこの古びたカメラがテホムに現れたのか。
ライーン会長はどうしてテホムに足を踏み入れたのか。
カメラに映っているものは一体何なのか。
そして、20年間行方不明だった「夜帝」が、どこに行ったのか。
すべてが謎に包まれ、会場の全員がその答えを求めて息を呑んだ。
一瞬のうちに、すべての視線がライーン会長が指し示した巨大なスクリーンに集まり、その先に何が映し出されるのか、解明を待ちわびていた。