探索者協会大阪支部、製造区。
協会のランキングトップ3に入る鍛冶師、藤堂山は、ゆったりと寝椅子に身を委ね、小さなテーブルでお茶を淹れながら目を閉じ、数人の弟子たちが作業場で忙しく働く様子を見守っていた。
マスタークラスの準神匠として、普通の装備の制作はもはや藤堂の手を借りるまでもない。
希少な素材を見つけることは難しいため、今では支部内でのほとんどの時間を弟子たちへの指導に費やしている。
「井田、お前もベテランの鍛冶師だろう。あと一歩でマスターだぞ。鉄を打つとき、手を上げすぎるな。毎回の打点を揃えて、力加減を均等にしろ。『
松本、モンスター素材の属性に合わせて焼入れを工夫しろ。
鈴木、何回言ったら分かる、金属スライムの抽出液を直接原材料に塗るな!」
藤堂はお茶を一口飲み、仕方なさそうに頭を振りながら呟いた。
「はぁ、手がかかる連中だ…」
その頃、宮本たちは蒼井の案内で製造区に到着していた。
製造区の受付カウンターには長蛇の列ができており、ウェイスグロ防衛戦で大量のモンスター素材を収穫したため、製造区の商売は順調だった。
現成品を購入する探索者もいれば、自分で素材を持ち込んで鍛冶師にオーダーメイドで装備を作らせる者も多く、製造区はそのニーズに応えていた。
宮本はブラックカードを所持していたため、VIP待遇を受け、蒼井は三人を鍛冶エリアの奥へと案内した。
「宮本様、こちらは藤堂山先生です」
蒼井は宮本を藤堂山の前に連れて行き、熱心に紹介した。
「大阪支部最強の鍛冶師で、日本全体を見渡しても、藤堂先生の鍛冶技術はトップクラスです」
藤堂はブラックカード所持の探索者たちを何度も接待してきたため、もう驚くこともなく、寝椅子から立ち上がることなく、宮本たちを一瞥した後、軽く頷いて挨拶をした。
「藤堂先生、装備を作ってもらいたいのですが」宮本は微笑みながら目的を伝えた。
ところが、予想外のことに、藤堂はあっさりと断った。
「装備を作るなら井田に頼め。わしはもう長い間手を出していない。井田、こっち来い」
藤堂はそう言うと、筋肉が盛り上がった中年男性に目を向け、その男性は道具を置いて近くに歩み寄った。
「師匠」
「この方を対応しろ」
藤堂先生の傲慢さは支部内でも有名で、他の人々がその態度に不満することも多かったが、藤堂にはそれだけの実力があった。
彼は探索者協会内でも、伝説級の装備を作ることができる数少ない準神匠の一人だった。
そのため、蒼井は宮本が誤解しないようにと思ったのか、慌てて説明した
「井田先生は藤堂先生の弟子の中でもトップの弟子で、ここ数年、大阪支部で作られた装備の半分は井田先生が手掛けています。藤堂先生は今、主に弟子の指導に専念しており、彼が直接装備を制作する場合は素材に非常に高い要求を持っています」
蒼井がそう説明すると、宮本は藤堂を一瞬見つめた後、冷静に井田に視線を移して言った。
「井田先生、申し訳ないのですが、俺が提供する素材、あなたには扱えないかもしれません」
井田は宮本の言葉に少し腹を立てた。
彼は「弟子」という肩書きを持ちながら、実際にはすでにマスタークラスに近い名匠技術を有していた。
探索者協会の数百人の鍛冶師の中でも、彼は確実にトップクラスの一員だ。
普段、探索者たちがオーダーメイドで装備を作る際、井田は自ら手を出さず、松本たちに任せている。
もし宮本がブラックカードを持っていなければ、井田は接待すらしなかっただろう。
「ふーん、僕が扱えない、くらいの素材を持ってるって言うのか?」井田は鼻で冷笑し、眉をひそめて宮本を睨んだ。
一方、寝椅子でお茶を飲んでいた藤堂山は、宮本と対立する井田の様子を興味深く見守っていた。
(おっ、いいぞ、いい度胸じゃ。さすがわしの一番弟子。軽んじられてたまるか!)
宮本は少し考えた後、反論せず、空間リングから約半メートルほどのドラゴンの鱗を取り出した。
その鱗は黒光りし、まるで宝石のように輝いていた。
「これは…X級モンスター素材…黒竜の鱗!?」
ベテランの鍛冶師である井田は、ほんの一瞬でその素材の出所を見抜いた。
彼の表情が一変する。最初の不満から、急激に熱いものへと変わった。
技術の向上は、常に鍛冶を続けることから生まれる。
特に高級装備を作ることが、鍛冶師にとって最も大きな成長をもたらす。
「惜しいな、一枚だけか…。防具を作るにも、他の装備を作るにも、これじゃ足りなさすぎる……」
井田が言葉を切ると、突如として数百枚もの鱗が目の前に積み上げられた。
それらは宮本の空間リング内にあったものの一部に過ぎない。
伝説級モンスター「嵐の雷竜」の鱗については、宮本は取り出すつもりはなかったが。
井田は顔を赤らめ、興奮した様子でその鱗を撫でながら、期待を込めた表情で宮本に向かって頭を下げ、真剣に言った。
「宮本様、どうか黒竜の鎧を僕に作らせてください!すべての材料は無償で提供いたします。制作費用ももちろん全額免除させていただきます!」
目の前にこれほどのX級モンスター素材が積み上がったことで、井田はもはや冷静ではいられなかった。
仮にそれで家財を全て投げ出しても、X級防具を作るチャンスを逃したくなかった。
これが、彼がマスタークラスの神匠に昇格できるかどうかの重要な関門だからだ。
探索者協会において、マスタークラスの準神匠の一つの基準は、X級装備を作れることだ。
作ること自体は二の次だが、X級素材は非常に手に入りにくいため、マスタークラスに近い鍛冶師たちは常にこの壁に挑戦している。
その時、寝椅子から立ち上がった藤堂も、少し動揺した様子であった。
X級モンスター素材は彼にとって珍しいものではなかったが、これだけ大量に一度に取り出されるのは稀なことだ。
彼は弟子のために、ゆっくりと口を開いた。
「宮本よ、井田はすでにX級装備を作る能力を持っている。試してみる価値がある」
宮本は驚き、言葉が出なかった。まさか無償で装備を作り、材料まで提供してくれるとは…。
彼は嬉しさを感じつつ、返事をしようとしたその瞬間、横からアリスが笑いながら言った。
「宮本さま、そのX級素材を私たちTOP公会の鍛冶師に渡せば、無料で作ってくれるだけでなく、さらにかなりの額を支払ってくれると保証しますわ」
井田はその言葉を聞いて顔を真っ赤にし、声を荒げながら言った。
「ぼ…僕だって!宮本様…!僕…追加で1000万支払います!多くはありませんが、材料費を含めれば、これが僕の限界です…。どうか、どうか!お願いです!」
宮本は驚愕した。
(無償で作成、材料費まで負担して、さらに1000万も支払うってそんなに!?!?)
宮本は井田が焦らないように配慮し、冷静に言った。
「追加の費用は必要ないさ。黒竜の鎧、よろしく頼む」
その後、宮本はアリスに耳打ちしながら、小声で言った。
「黒竜の素材ならまだ山ほどあります。一部TOPの鍛冶師にも渡して作らせてもらいますね」
宮本の言葉を確認した井田は、興奮のあまり手を擦り合わせ、数百キロの重さがある黒竜の鱗を肩に担いで、作業エリアへと走り出した。
マスターに近い鍛冶師たちは、皆遺伝子解放者であり、このような怪力を持つのも不思議ではない。
その時、寝椅子から立ち上がった藤堂は、宮本の前に歩み寄り、宮本をじっと見つめながら言った。
「小僧、さっき言っていた『井田に扱えない素材』って、黒竜の鱗よりも優れた素材を持っている、という意味かい?」
宮本は頷き、微笑みながら言った。
「その通り。でもその前に…守秘義務契約を結ぶ必要があります。それも、お互いだけが知っている、完全に秘密の契約」
宮本がX級黒竜の鱗よりも優れた素材を持っていることを確認した藤堂は、目を大きく見開いて興奮し、宮本を引っ張って言った。
「わしの休憩室で話そう!蒼井、宮本の友人をおもてなししろ!」