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第79話 深淵との関わり


黒魂の城、大広間――。


四方に渦巻く、魔力で濁った空気が空間の隅々にまで染みわたり、半空に浮かぶ頭のない死体が、見る間に異形へと変貌を遂げていった。


――まるで呪詛に蝕まれ、肉体そのものがねじれ、膨張し、人とも獣ともつかぬ禍々しい怪物へと姿を変えていく。


その変化の最中、再び響き渡る霊巫王の声。

「宮本よ……貴様ごときにテホムの力を使わされるとはな。それだけで貴様は死に値する」


"テホム"

――その言葉を聞いた瞬間、宮本の眉がわずかピクリと動いた。


目の前で変貌しつつある化け物を見上げながら、ぼそりとつぶやく。

「テホムパイオニアなんちゃらより強いかどうか、試してみるか…」


「――貴様、テホムパイオニアを知っているのか」


ドン――ッ!!!


変異を終えた化け物が大広間の床を踏みしめた。

その一歩だけで石畳に巨大な亀裂が走り、衝撃が空気を震わせる。


漂っていた濃密な黒い瘴気が吸い寄せられ、姿を現す――


それは、高さ四メートルに達する人型の化け物。

胸の位置には目のような器官がギラつき、腹部中央には口のように開いたへそが、不気味に蠢いていた。


肋骨の下からは追加の四本の腕が伸び、合計六本の手が異様にうねいている。

脚は石柱のように逞しく、全身は青緑の鱗に覆われ、見るからにただならぬ力を宿していた。


――その威圧感は、伝説級モンスターである「嵐の雷竜」にすら劣らぬ。


かつて宮本が討ち倒した「黒竜」など、もはや比較にすらならなかった。



「……せっかくだし、貴様が死ぬ前に少し教えてやろう。 貴様の言う“テホムパイオニア”など、あの底なし奈落では下の下。


 だが、私は違う。私はあのお方に選ばれし者――“テホムジェネラル” とでも呼ぶがいい!


 もしさっきの戦いが貴様の全力だったのなら……手加減しても三十秒か……いや、それすらもつまい。ハハハハッ!!」


化け物のような霊巫王が狂ったように笑う中、宮本は不自然なほど冷静である。


それどころか、ふとひとつの疑問を口にした。

「……お前、どうやって深淵と接触した? 俺の知る限りじゃ、深淵はダンジョン内の伝説級モンスターが死んだ時だけ干渉してくるはずだ」


深淵の力に酔いしれたかのような霊巫王は、まるで勝利を確信しているかのようにあっさりと答えた。


「ふふ、教えてやるとも。 私には、人類の魂の力を抽出する特異な能力を持っている。 その魂こそ、深淵に棲まう偉大なる存在にとって極上の供物…。


 貴様の同類どもを捧げ続けた結果、深淵は私に興味を示し、力を授けてくれた。それが私を伝説の枷から解き放ち、今の姿に至らせたというわけだ。 


 見た目は…確かに気に食わんが――この力さえあれば、些細な問題にすぎん!ハハハハッ!!」


宮本の配信画面では、もはや肉眼では追えないほどのコメントが怒涛のように流れ続けていた。


:!?!?!?

:第二形態もあんのかよ

:テホムって、あの夜帝が消えたとこ!?

:俺ウェイスグロ戦ぜんぶリアタイで追ってたガチ勢だけど、あの時のテホムパイオニアって奇襲で秒殺されてたんだよな。でも今回のジェネラルって肩書き、格がちげぇ……

:この世界どうなってんだ、伝説モンスターに第二形態とか聞いてねぇよ!

:うわ顔ブッッッ

:がんばれ!!!


________________________________________


その頃、Y社本部・会長室。


ライーン会長の隣でモニターを見つめるニーセルは、画面に映る霊巫王を指差しながら緊張した声を漏らした。


「か、会長。これはただの深淵による力の一時的な付与じゃありません。あいつ……深淵そのものと空間的に繋がってます。おそらく常時、深淵からエネルギーを吸い上げているような状態かと」


ライーンはニーセルの指差す先を凝視し、霊巫王の背後に漂う異様な光景を見つめる。

黒く細い糸が、数百本も霊巫王の背から天に向かって伸び、その先は空間の裂け目へと繋がっていた。


――まるで虚空に操られる巨大な傀儡。


「会長、今すぐ出動を要請しましょうか?」

ニーセルの声には、明確な焦燥がにじんでいた。


だがライーンは、首を横に振る。


そして、モニターに映る宮本の表情――焦る様子ひとつ見せない、どこか落ち着いたその姿に目を細めた。


「……まだ慌てるな。あの小僧がまだ何かやってくれる気がしてならん」

「で、ですが!宮本さんの戦力はせいぜいDelta3級です。まだ完全なモンスター化もしていない現状で、深淵の加護を得た霊巫王に勝てるはずが――」


「そうだな、彼は“まだ” 完全なモンスター化していない」


次の一言は、どこか意味深な響きを孕んでいた。


「“できない” んじゃなく、“する価値がなかった” だけかもしれんな。先程の霊巫王如きでは……」


ニーセルは言葉を失い、ただ静かに画面を見つめ返すしかなかった。


________________________________________


同時刻、黒魂の城・内部。


十三体の王傀はすでに全域へと散開していた。

彼らに刻まれた命令――城を護り、侵入者を排除すること。それは文字通り、骨の髄まで染みついた「絶対命令」である。


アリスたちは秘密通路を使って慎重に潜入していたが、完備された警戒網に捕捉されるのは時間の問題だった。


ちょうどその頃、もう一組の影が黒魂の城の裏手から滑り込んでくる。


白冥と花山――。


彼らもまた、宮本の配信から得た情報と、アリスが残したマークを頼りに、同じ秘密通路へと辿り着いていた。



――嵐の前の静けさの中、全ての駒が動き出す。


深淵の力を手にした霊巫王と、未だ全てを見せていない宮本次郎。


この激突の行方を、世界中が固唾を呑んで見守っていた。

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