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第80話 秒殺された宮本


沼地の奥深く――


他者の目が届かぬ、じめついた低地の一角に、いくつもの不気味な塚が無造作に積み重なっていた。


その小高い土の丘の前で、川谷は血に染まった双剣の刃先を静かに拭い、地に伏したモンスターの死体を冷ややかな眼差しで見下ろす。


「……静香さん、あなたの擬態は見事だったよ。でもね、僕にはいつだって、“幸運”が味方をしてくれるんだ」


クセのようにピアスを撫でながら呟いた川谷は、耳からワイヤレスイヤホンをそっと外した。

そこからは、今も宮本の配信音声が変わらず流れ続けている。


「――みんな、もうちょっとだけ待ってて。ここの霊魂珠を回収し終わったら、すぐそっちに向かうから……」


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一方その頃、黒魂の城・内部――


その広大さと入り組んだ構造は、アリスたちの予想を遥かに凌駕していた。

薄暗く湿った回廊を進むたびに、足元に緊張が滲み出る。


先に見えてきたのは、三方向に分かれた分岐路。


「……これは、分かれて探索したほうがよさそうですわ」

地図を片手に立ち止まったアリスが、険しい顔で言った。


「地図には、この先が大広間とだけ記されていますが、どの道が正しいのかまでは明記されていませんわ。 …つまり、この3つのどれかが、広間に繋がる唯一の通路……」


アリスと琴音――二人の人気配信者のおかげで、仲間たちはリアルタイムで宮本の戦況を把握できている。

だからこそ、アリスの提案には誰一人異を唱えることなく頷く。


やがてパーティは神楽と山崎、琴音と彩雲、アリスと九尾の三つのチームに編成し直された。


が――


いざ進もうとしたその刹那、背後から突風のような気配が吹き抜けた。疾風による風圧が通路にうねりを生み出す。


一同が反射的に身構えた瞬間、現れたのは意外な人物だった。


「花山烈央……!? どうしてあなたがっ…!」


アリスの声には、わずかに緊張が混じっていた。


彼女と花山には、過去にいざこざがあった上、両者が所属するギルド同士の関係も良好とは言い難い。

そんな彼の登場は、当然ながら意外だった。


だが花山は、珍しく取り乱した様子で頭を下げた。

「……協力しに来たんだ。どうか参加させてくれ。それと、アリス……今までのことは、本当に悪かった」


ジーナの身を案じていた花山は、普段の傲慢さを影に潜め、傍らの白冥とともにここへ至った経緯を手短に説明する。


話を聞いた一同は、「なるほど」と納得した表情を浮かべながら、再度チームを柔軟に編成し直した。


最終的には――

第一通路:アリス、彩雲

第二通路:神楽、山崎、九尾、琴音

第三通路:白冥、花山


各班は、ダンジョン内に設置された配信システムによって互いの状況をリアルタイムで共有できるようになっており、万が一の遭遇にも即座に対応できる体制が整っていた。


もはや、迷うことはない。

目的はただ一つ――宮本の支援。

そのために集った七人と一匹は、それぞれ黒き闇の中へと一歩を踏み出した。


――宮本支援作戦、始動。


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黒魂の城・大広間──


異形へと変貌を遂げた霊巫王を、宮本は無言で見据えた。

軽く首を鳴らしながら、その目には隠そうともしない嫌悪の色が宿っていた。


「……お前、見れば見るほどブスだな。これが“伝説を超えた存在”の姿か? とてもじゃねえが、信じがたいな。

 ……ほら、コメントでも笑われてるぞ?」


その「ブス」の一言が、霊巫王の逆鱗に触れたのは明白だった。


かつて“夜帝”の姿を装い、完璧な人間像を保ち続けてきた彼にとって、今のこの異形の肉体は――耐えがたい屈辱の象徴。

それでも深淵の力を得るため、誇りを捨て、この姿を選んだ。


……そんな彼のプライドを、宮本のひと言がナイフのように抉る。


「貴様ァァァ――くたばれェッ!!」


怒声と共に、三メートルを超える巨体が跳躍する。

その速度は、信じがたいほど鋭い。

視界が追いつくより先に、宮本の目前へと迫る。


六本の腕が一斉に振りかぶられ、巨大な手が合掌するように――

宮本の全身を包み込むように叩き潰した。


直後、


パァンッ!!


乾いた破裂音が、大広間に響き渡る。

人間なら一瞬で粉砕されたような、鈍くて凄惨な音だった。


「……ふ、ふふ……くだらぬ虫ケラが」


勝者の余裕を漂わせた霊巫王が、低く笑う。

「これで終わりか。つまらんな」


この一幕は、配信を通じて視聴していたすべての視聴者に衝撃を与えた。

涙を流す者、言葉を失う者、手が震える者――それぞれが宮本の「死」を信じた、その瞬間。


:お願い……お願い、死なないで!

:うそだろ

:あの宮本が、一撃……?

:化け物すぎる、どうすんだよあれ……

:ウェイスグロの英雄が…秒殺された…

:奇跡でも起きてよ


しかし――

ただ二人だけ、冷静さを失っていなかった。

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Y社本部・会長室。


ニーセルとライーン会長が互いに視線を交わしていた。

だが二人の表情には、「宮本が敗れた」というような悲壮感は全くなかった。


「……あの一撃、私が喰らってたらもう肉片になってたでしょうね」

ニーセルが苦笑混じりに言うと、ライーン会長はふっと口元を緩めた。


「君は近接戦の専門じゃなく、空間魔法士だからのぉ。それより…あの小僧、避けようと思えば避けられたはずじゃ」

「……試していたのでしょうか、自分の“限界”を」

「ああ、どうやらそうらしいのぉ」


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その頃、霊巫王は異変に気づいていた。


合掌した六本の腕の内側から、 “何か”が内側から外へ向けて圧力をかけ始めていた。


ギチギチ……ギチ……


骨の軋む音。

筋肉が引き裂かれるような異様な音が、指の隙間から漏れ出す。


「な、なんだ……!?」


徐々に、だが確実に、霊巫王の両掌の隙間が開いていく。


そこに現れたのは、全身を漆黒の鎧で包んだ男――

いや、“モンスター”へと進化した宮本の姿だった。


闇に染まった眼が、裂けた隙間からじっと霊巫王を見据える。


その光は獣のように鋭く、冷たく、そして――

どこか楽しげにすら見えた。


「――ようっ。おかげで、やっと“完全モンスター化”できたぜ!」


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