黒魂の城、その分岐通路のひとつ――
アリスと寧彩雲の二人は、行く手を阻む四体の傀皇と激しい交戦を繰り広げていた。
力と技の絶妙なバランス――
片や巨大な斧を豪快に振るい暴れ回る少女、片や忍の如く軽やかに立ち回る暗殺者スタイルのスピードアタッカー。
単独でも強者と呼べる二人が、連携を取ればその強さは倍増。
初動では、連携の妙で四体の傀皇を圧倒。
だが――
敵は、痛みも恐れも持たぬ傀儡。
手足が砕けようと、内臓を貫かれようと、決して退かず、怯まず――
ただ淡々と、殺意だけを向けてくる異形の兵。
その不死の如き特性が、じわじわと彼女たちのスタミナを削っていく。
「……アリス。このままじゃ埒が明かない。ちょっとだけ、時間もらっていい?」
斧を振り抜いて一体を吹き飛ばした彩雲が、背中合わせに位置取りながら小声で言った。
「……どれくらいほしいですの?」
すぐに理解し、問い返すアリスの声は、張り詰めた糸のように研ぎ澄まされていた。
「三十秒」
「承知しました。その三十秒、わたくしが確実に稼いでみせますわ」
即断。
きっぱりと頷いたアリスは即座に影の空間からモンスターペット――影獣ノクシスを呼び出す。
「参りますわよ、ノクシス!」
ぴょこんと前足を掲げたノクシスが力強く頷いたかと思えば、次の瞬間にはもう姿を消していた。
――直後。
彩雲に迫る二体の傀皇の動きが突然一斉に止まる。
影の裂け目から飛び出したノクシスが、爆発するような一撃を繰り出した。
可愛らしい外見からは想像もできない、圧倒的な戦闘本能が迸る。
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一方、第二通路――
琴音たちは、六体の傀皇と熾烈な戦いを展開していた。
ウェイスグロ戦をくぐり抜け、さらに魂の監獄での実戦を経た彼女たちは、以前とは比べものにならぬほど洗練されていた。
さらに、IX級の知能持ちモンスター・九尾も加わっている。
不死性を誇る傀皇といえど、油断すれば一体ずつ確実に削られていく。
それでも、数的優位を維持し続ける傀皇を突破するのは容易ではない。
戦局は膠着状態に入りつつあった。
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そして第三通路――
「ジーナ……っ! ジーナ! オレだ、花山だ!」
花山は目を潤ませながら叫ぶ。
そこにいたのは、確かにかつての仲間、ジーナの姿だった。
だが――
「……ッ!」
返ってきたのは、喉元を正確に狙った一閃の速剣。
もし隣の男が受け止めなければ、花山の首はすでになかった。
「……目を覚ませ」
冷ややかに言い放ったのは、白衣を纏う男――
ルートギルドの“狂戦士”、九条白冥。
「……あいつは、もうお前が知ってるジーナじゃない。 助けたいなら……まずは冷静になれ」
そう言うと、白冥は腰の鞘から一本の鞭を引き抜いた。
それは、SSS級ダンジョンで討伐した氷炎の双頭蛟から得た素材を用い、
莫大な資金と半年以上の鍛錬を経て完成した特注武器――
「そこの三体はお前に任せる。ジーナは……俺が引き受ける。 殺しはしない、約束する」
そう言い残すや否や、彼は花山の肩を軽く叩き、次の瞬間、複数の残像を残して紅き眼をしたジーナへと飛び掛かった。
「ルートギルド“最速の剣”……。まさかこんな形で、君と剣を交えることになるとはな――!」
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黒魂の城──大広間
モンスター化・完全体へと至った宮本の姿に、深淵の力を得たはずの霊巫王は一瞬、確かに“恐れ”を抱いた。
だがその恐れは、すぐさま怒りに転じる。
(この私が……世界を統べる王たるこの私が、伝説を超えし存在が──人間ごときに怯えただと……!? 許せぬ……断じて、許せぬッ!!)
怒声と共に、霊巫王の巨体が空間を裂いて跳ねた。
その質量からは到底想像できぬ速度――
残像すら捉えられぬまま、破壊的な拳が広間の至る所へ叩き込まれる。
ドン! ドン! ドン! ドン!
耳を劈く爆音が連続して鳴り響き、床も壁も歪み砕ける。
だが――その中心。
黒金の鎧を纏った宮本は、まるで動かぬ巨岩のように静止していた。
嵐のような拳撃に対し、ただ一つ一つ、正面からの拳を合わせて受け止める――
それだけで、全ての攻撃を打ち消していた。
(……やっぱな。初めてってのは、少し扱いづらいもんだ)
桁違いのモンスター化の力に、宮本の肉体はついていっても、感覚がまだ追いついていなかった。
その微細な違和感が、ふとした記憶を呼び覚ます。
――高校時代。無邪気で眩しかった、初恋の記憶。
そして、苦い“初体験”。
──「宮本くん、好きです……付き合ってください……わたし、初めてを宮本くんに……」
──「え……もう終わりなの……?」
──「もう別れよう。理由? ……言うけどさ……アンタの“それ”、でかいくせに早すぎてマジ笑ったんだけど」
(チクショウ……涼のやつ、初めてなのにハードル高すぎだろ)
(何事にも“初回”ってあるだろ。なのに、アレで爆笑されるとは……)
(……いや、違う、違うぞ。何考えてんだ俺。 ……ッ!絶対バルトのせいだ! こいつ、スケベだな!)
一瞬の雑念を振り払い、宮本は静かに息を整える。
三対の雷眼が、跳ね回る霊巫王の気配を正確に捉えていた。
首をゆっくりと左右に鳴らし、肩から引き抜いた骨刃を手に取り――
静かに、低く、宣言する。
「……ピョンピョン跳ね回ってんじゃねぇよ。 もう、うざいんだよ。 ……そろそろ、俺の番だ」
その瞬間――
──スッ
宮本の姿が掻き消える。
否。
“消えた”のではない。
あまりにも速すぎて、視認できなかっただけ。