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第82話 いざ


黒魂の城、その分岐通路のひとつ――


アリスと寧彩雲の二人は、行く手を阻む四体の傀皇と激しい交戦を繰り広げていた。


力と技の絶妙なバランス――

片や巨大な斧を豪快に振るい暴れ回る少女、片や忍の如く軽やかに立ち回る暗殺者スタイルのスピードアタッカー。


単独でも強者と呼べる二人が、連携を取ればその強さは倍増。

初動では、連携の妙で四体の傀皇を圧倒。


だが――

敵は、痛みも恐れも持たぬ傀儡。


手足が砕けようと、内臓を貫かれようと、決して退かず、怯まず――

ただ淡々と、殺意だけを向けてくる異形の兵。


その不死の如き特性が、じわじわと彼女たちのスタミナを削っていく。


「……アリス。このままじゃ埒が明かない。ちょっとだけ、時間もらっていい?」


斧を振り抜いて一体を吹き飛ばした彩雲が、背中合わせに位置取りながら小声で言った。


「……どれくらいほしいですの?」

すぐに理解し、問い返すアリスの声は、張り詰めた糸のように研ぎ澄まされていた。


「三十秒」

「承知しました。その三十秒、わたくしが確実に稼いでみせますわ」


即断。


きっぱりと頷いたアリスは即座に影の空間からモンスターペット――影獣ノクシスを呼び出す。


「参りますわよ、ノクシス!」


ぴょこんと前足を掲げたノクシスが力強く頷いたかと思えば、次の瞬間にはもう姿を消していた。


――直後。


彩雲に迫る二体の傀皇の動きが突然一斉に止まる。

影の裂け目から飛び出したノクシスが、爆発するような一撃を繰り出した。


可愛らしい外見からは想像もできない、圧倒的な戦闘本能が迸る。


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一方、第二通路――


琴音たちは、六体の傀皇と熾烈な戦いを展開していた。


ウェイスグロ戦をくぐり抜け、さらに魂の監獄での実戦を経た彼女たちは、以前とは比べものにならぬほど洗練されていた。


さらに、IX級の知能持ちモンスター・九尾も加わっている。


不死性を誇る傀皇といえど、油断すれば一体ずつ確実に削られていく。

それでも、数的優位を維持し続ける傀皇を突破するのは容易ではない。


戦局は膠着状態に入りつつあった。


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そして第三通路――


「ジーナ……っ! ジーナ! オレだ、花山だ!」


花山は目を潤ませながら叫ぶ。

そこにいたのは、確かにかつての仲間、ジーナの姿だった。


だが――


「……ッ!」


返ってきたのは、喉元を正確に狙った一閃の速剣。

もし隣の男が受け止めなければ、花山の首はすでになかった。


「……目を覚ませ」


冷ややかに言い放ったのは、白衣を纏う男――

ルートギルドの“狂戦士”、九条白冥。


「……あいつは、もうお前が知ってるジーナじゃない。  助けたいなら……まずは冷静になれ」


そう言うと、白冥は腰の鞘から一本の鞭を引き抜いた。


それは、SSS級ダンジョンで討伐した氷炎の双頭蛟から得た素材を用い、

莫大な資金と半年以上の鍛錬を経て完成した特注武器――


「そこの三体はお前に任せる。ジーナは……俺が引き受ける。 殺しはしない、約束する」


そう言い残すや否や、彼は花山の肩を軽く叩き、次の瞬間、複数の残像を残して紅き眼をしたジーナへと飛び掛かった。


「ルートギルド“最速の剣”……。まさかこんな形で、君と剣を交えることになるとはな――!」


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黒魂の城──大広間


モンスター化・完全体へと至った宮本の姿に、深淵の力を得たはずの霊巫王は一瞬、確かに“恐れ”を抱いた。


だがその恐れは、すぐさま怒りに転じる。


(この私が……世界を統べる王たるこの私が、伝説を超えし存在が──人間ごときに怯えただと……!? 許せぬ……断じて、許せぬッ!!)


怒声と共に、霊巫王の巨体が空間を裂いて跳ねた。

その質量からは到底想像できぬ速度――


残像すら捉えられぬまま、破壊的な拳が広間の至る所へ叩き込まれる。


ドン! ドン! ドン! ドン!


耳を劈く爆音が連続して鳴り響き、床も壁も歪み砕ける。


だが――その中心。

黒金の鎧を纏った宮本は、まるで動かぬ巨岩のように静止していた。


嵐のような拳撃に対し、ただ一つ一つ、正面からの拳を合わせて受け止める――

それだけで、全ての攻撃を打ち消していた。


(……やっぱな。初めてってのは、少し扱いづらいもんだ)


桁違いのモンスター化の力に、宮本の肉体はついていっても、感覚がまだ追いついていなかった。


その微細な違和感が、ふとした記憶を呼び覚ます。


――高校時代。無邪気で眩しかった、初恋の記憶。

そして、苦い“初体験”。


──「宮本くん、好きです……付き合ってください……わたし、初めてを宮本くんに……」

──「え……もう終わりなの……?」

──「もう別れよう。理由? ……言うけどさ……アンタの“それ”、でかいくせに早すぎてマジ笑ったんだけど」


(チクショウ……涼のやつ、初めてなのにハードル高すぎだろ)

(何事にも“初回”ってあるだろ。なのに、アレで爆笑されるとは……)

(……いや、違う、違うぞ。何考えてんだ俺。 ……ッ!絶対バルトのせいだ! こいつ、スケベだな!)


一瞬の雑念を振り払い、宮本は静かに息を整える。


三対の雷眼が、跳ね回る霊巫王の気配を正確に捉えていた。


首をゆっくりと左右に鳴らし、肩から引き抜いた骨刃を手に取り――

静かに、低く、宣言する。


「……ピョンピョン跳ね回ってんじゃねぇよ。 もう、うざいんだよ。 ……そろそろ、俺の番だ」



その瞬間――


──スッ


宮本の姿が掻き消える。


否。

“消えた”のではない。


あまりにも速すぎて、視認できなかっただけ。

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