黒魂の城・大広間。
モンスターと化した宮本の姿が、一瞬にして掻き消える。
だが、伝説すら凌駕した肉体を得た霊巫王は、微動だにしなかった。
六本の腕を広げ、まるで世界の気配すべてを掌握するかのように構えを取る。
「フフ……無駄だ。この絶対なる力の前では、小細工など塵に等しい!」
嘲るような笑い声が、空間に響き渡る。
その余裕を切り裂いたのは――
ギンッ!
虚空を引き裂く、漆黒の閃光。
五メートルを超える闇の軌跡が、音もなく霊巫王の懐へと迫る。
「……ほう、やっと姿を見せたか!」
即座に両掌をすり合わせ、刀のように鋭くした腕を閃光へとぶつける霊巫王。
深淵の加護を受けた肌が鋼のように煌めき、斬撃を受け止めた――かに見えた。
己の肉体は、深淵より授かりし“至高の器”。
人間など、この身に傷一つつけられるはずがない。
霊巫王はそう信じ切っていた。
だが――
「――過信だな、ブスが」
不意に響いた、異形の低音。
六つの瞳の奥、赫い閃光が瞬いた。
次の瞬間――
ズバンッ!!
音すら届かぬ超速の一閃。
響いたのはただ、空気を裂く重い風圧。
一筋の漆黒の光が通過した後、宙を舞ったのは――
一本の、断ち斬られた腕。
「あ、ああああああぁぁぁぁああ――ッ!!」
霊巫王の咆哮が、大広間の柱を震わせる。
「あり得ぬ! この私の……この私の肉体が――!!」
数分前まで宮本を圧倒していた王が、今や瞳を見開き、恐怖に染まっていた。
その逆転劇に、配信を見守る視聴者たちも、一斉に沸き立つ――!
:うおおおおおおお!
:おじさん……また進化してる……!!
:今の一閃マジ鳥肌
:おい伝説超え?w
:はい、伝説終了のお知らせ
:おじさんが俺の中のDelta級の上限を遥かに突き抜けた件
:(100000円投げ銭) 本気で結婚してほしいんだが
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探索者協会・会長室。
ニーセルは息を飲んだまま、画面にかじりついていた。
「会長……これ、本当にモンスター化なんですか? 強すぎてもはや現実味が……」
だが、ライーン会長はただ静かにうなずく。その瞳には、獲物を見つけた狩人のような光。
「人類と深淵が争って三十年……ついに現れたんだ。
我々人類の側にも、全ダンジョンを単独で踏破し得る“最上級Delta級”が…。」
会長の声は、どこか抑えきれぬ高揚を含んでいた。
「ニーセル、君も協会に入って十年になるだろう? なら、この意味がわかるはずだ」
「……っ!」
もちろん、ニーセルにも理解できる。
会長のようなEpsilon級は、空間制限の影響でダンジョンには自由に出入りできない。
理論上、ダンジョンに完全対応可能な最強戦力はDelta3級。
それでも、伝説級の存在や深淵に染まった怪異に対しては、Delta級でも複数人の連携が前提とされていた。
だが――
「宮本次郎。彼は、我々が長年探し求めていた“解”なのかもしれん」
ライーン会長の目には、確かな希望の光が燃えていた。
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黒魂の城・大広間。
モンスター化の鎧を纏った宮本は、影分身のごとく姿を点滅させながら戦場を駆ける。
――その速度は、もはや瞬間移動かと見紛うほど。
一瞬で間合いを詰めては、鋭き刃を振り抜いた。
黒き閃光が奔るたび、霊巫王の悲鳴がこだまする。
――わずか十数秒。
深淵霊巫王の六本の腕はすべて斬り落とされ、全身は緑の瘴血にまみれ、見るも無惨な姿へと成り果てていた。
「貴様…よくも、よくも……!」
怒りに打ち震える霊巫王の胸──いや、目が妖しく輝く。
異様な緑光が、次第に実体を帯び始めた。
精神を侵す呪詛――
それはあたかも生きているかのような妖光となって、一直線に宮本へと突き刺さる。
「――神脈錯誤」
霊巫王の誇る、精神支配の最終奥義。
もとは心の力で敵を操る、伝説級モンスターとして名を馳せた存在。
それが深淵の力を取り込んだことで、その術はさらなる凶悪さを手に入れていた。
この一撃を受ければ、たとえ人類最強のEpsilon級といえど、無事では済まない。
ましてや宮本など、所詮Delta級にすぎぬ存在――
「……ッ!」
その瞬間、舞う刃のように駆けていた宮本の動きが、ぴたりと止まる。
空気が凍りついたような静寂。
六つの眼に、うっすらと緑の光が灯る。
(――術に堕ちた!)
「フフ……ハハハハハ!」
勝利を確信した霊巫王が、愉悦の咆哮を上げた。
「見ろ、この人間の虚ろな瞳を! 誰であろうと、この『神脈錯誤』には抗えん!
深淵の力はな、人類ごときに理解など到底及ばん……!」
霊巫王は膨張した全身に潜む深淵魔力を、滝のように解き放つ。
断ち切られた六本の腕が、蠢く肉の海からぬるりと再び芽吹き始めた。
見る者の嫌悪を誘う肉塊が、静かに、だが確実に再生してゆく。
だがその代償か、霊巫王の身体は一回り縮み、今や身長は二メートル半ほどにまで小さくなっていた。
おそらく、この再生には莫大な負荷が伴っているのだろう。
だが──今の彼にとって、それはどうでもよかった。
「……私の勝ちだ」
操られたまま立ち尽くす宮本を見下ろし、霊巫王は満足げに笑みを浮かべる。
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黒魂の城へ続く分岐通路・最奥
九尾は、銀白の稲妻のごとく地を駆けていた。
その胸中に、つい先ほど交わした仲間たちの声がこだまする…。
琴音「キュウちゃん、おじさんがピンチなの…! 私たちはもう間に合わない…でも、キュウちゃんだったら……!」
神楽「私たちが足止めするから、キュウちゃんは迷わず進んで。宮本さまを助けてあげて!」
山崎「そうさ。俺が生きてる限り、零ちゃんも琴音ちゃんも傷一つつけさせねぇ。頼んだぞ、キュウ……今、宮本さんに必要なのはお前だ!」
彼らは配信を通じて、宮本がいま死地にあることを知っていた。
(主と我は、運命をともにする者……
我が主を助けるんだ…!
大丈夫、恐れるな。
――行け、キュウ!!)