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第83話 神脈錯誤


黒魂の城・大広間。


モンスターと化した宮本の姿が、一瞬にして掻き消える。


だが、伝説すら凌駕した肉体を得た霊巫王は、微動だにしなかった。

六本の腕を広げ、まるで世界の気配すべてを掌握するかのように構えを取る。


「フフ……無駄だ。この絶対なる力の前では、小細工など塵に等しい!」


嘲るような笑い声が、空間に響き渡る。

その余裕を切り裂いたのは――


ギンッ!


虚空を引き裂く、漆黒の閃光。

五メートルを超える闇の軌跡が、音もなく霊巫王の懐へと迫る。


「……ほう、やっと姿を見せたか!」


即座に両掌をすり合わせ、刀のように鋭くした腕を閃光へとぶつける霊巫王。


深淵の加護を受けた肌が鋼のように煌めき、斬撃を受け止めた――かに見えた。


己の肉体は、深淵より授かりし“至高の器”。

人間など、この身に傷一つつけられるはずがない。


霊巫王はそう信じ切っていた。


だが――


「――過信だな、ブスが」


不意に響いた、異形の低音。

六つの瞳の奥、赫い閃光が瞬いた。


次の瞬間――


ズバンッ!!


音すら届かぬ超速の一閃。

響いたのはただ、空気を裂く重い風圧。


一筋の漆黒の光が通過した後、宙を舞ったのは――

一本の、断ち斬られた腕。


「あ、ああああああぁぁぁぁああ――ッ!!」


霊巫王の咆哮が、大広間の柱を震わせる。

「あり得ぬ! この私の……この私の肉体が――!!」


数分前まで宮本を圧倒していた王が、今や瞳を見開き、恐怖に染まっていた。

その逆転劇に、配信を見守る視聴者たちも、一斉に沸き立つ――!


:うおおおおおおお!

:おじさん……また進化してる……!!

:今の一閃マジ鳥肌

:おい伝説超え?w

:はい、伝説終了のお知らせ

:おじさんが俺の中のDelta級の上限を遥かに突き抜けた件

:(100000円投げ銭) 本気で結婚してほしいんだが


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探索者協会・会長室。


ニーセルは息を飲んだまま、画面にかじりついていた。

「会長……これ、本当にモンスター化なんですか? 強すぎてもはや現実味が……」


だが、ライーン会長はただ静かにうなずく。その瞳には、獲物を見つけた狩人のような光。


「人類と深淵が争って三十年……ついに現れたんだ。

我々人類の側にも、全ダンジョンを単独で踏破し得る“最上級Delta級”が…。」


会長の声は、どこか抑えきれぬ高揚を含んでいた。

「ニーセル、君も協会に入って十年になるだろう? なら、この意味がわかるはずだ」

「……っ!」


もちろん、ニーセルにも理解できる。


会長のようなEpsilon級は、空間制限の影響でダンジョンには自由に出入りできない。


理論上、ダンジョンに完全対応可能な最強戦力はDelta3級。

それでも、伝説級の存在や深淵に染まった怪異に対しては、Delta級でも複数人の連携が前提とされていた。


だが――


「宮本次郎。彼は、我々が長年探し求めていた“解”なのかもしれん」


ライーン会長の目には、確かな希望の光が燃えていた。


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黒魂の城・大広間。


モンスター化の鎧を纏った宮本は、影分身のごとく姿を点滅させながら戦場を駆ける。

――その速度は、もはや瞬間移動かと見紛うほど。


一瞬で間合いを詰めては、鋭き刃を振り抜いた。


黒き閃光が奔るたび、霊巫王の悲鳴がこだまする。


――わずか十数秒。

深淵霊巫王の六本の腕はすべて斬り落とされ、全身は緑の瘴血にまみれ、見るも無惨な姿へと成り果てていた。


「貴様…よくも、よくも……!」


怒りに打ち震える霊巫王の胸──いや、目が妖しく輝く。


異様な緑光が、次第に実体を帯び始めた。


精神を侵す呪詛――

それはあたかも生きているかのような妖光となって、一直線に宮本へと突き刺さる。


「――神脈錯誤」


霊巫王の誇る、精神支配の最終奥義。


もとは心の力で敵を操る、伝説級モンスターとして名を馳せた存在。

それが深淵の力を取り込んだことで、その術はさらなる凶悪さを手に入れていた。


この一撃を受ければ、たとえ人類最強のEpsilon級といえど、無事では済まない。


ましてや宮本など、所詮Delta級にすぎぬ存在――


「……ッ!」


その瞬間、舞う刃のように駆けていた宮本の動きが、ぴたりと止まる。

空気が凍りついたような静寂。


六つの眼に、うっすらと緑の光が灯る。


(――術に堕ちた!)


「フフ……ハハハハハ!」

勝利を確信した霊巫王が、愉悦の咆哮を上げた。


「見ろ、この人間の虚ろな瞳を! 誰であろうと、この『神脈錯誤』には抗えん!

深淵の力はな、人類ごときに理解など到底及ばん……!」


霊巫王は膨張した全身に潜む深淵魔力を、滝のように解き放つ。

断ち切られた六本の腕が、蠢く肉の海からぬるりと再び芽吹き始めた。


見る者の嫌悪を誘う肉塊が、静かに、だが確実に再生してゆく。


だがその代償か、霊巫王の身体は一回り縮み、今や身長は二メートル半ほどにまで小さくなっていた。


おそらく、この再生には莫大な負荷が伴っているのだろう。


だが──今の彼にとって、それはどうでもよかった。


「……私の勝ちだ」


操られたまま立ち尽くす宮本を見下ろし、霊巫王は満足げに笑みを浮かべる。


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黒魂の城へ続く分岐通路・最奥


九尾は、銀白の稲妻のごとく地を駆けていた。


その胸中に、つい先ほど交わした仲間たちの声がこだまする…。



琴音「キュウちゃん、おじさんがピンチなの…! 私たちはもう間に合わない…でも、キュウちゃんだったら……!」


神楽「私たちが足止めするから、キュウちゃんは迷わず進んで。宮本さまを助けてあげて!」


山崎「そうさ。俺が生きてる限り、零ちゃんも琴音ちゃんも傷一つつけさせねぇ。頼んだぞ、キュウ……今、宮本さんに必要なのはお前だ!」



彼らは配信を通じて、宮本がいま死地にあることを知っていた。


(主と我は、運命をともにする者……

 我が主を助けるんだ…!


 大丈夫、恐れるな。

 ――行け、キュウ!!)

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