人、人、人。
城の中にあるパーティー会場の近くまで到着すると、私の視界に飛び込んでくるのは、豪奢なドレスときらめく宝石を纏った紳士淑女たちの波。
天井から降りそそぐ幾重ものシャンデリアが廊下に踊り、床には星屑のような光が散らばっている。
こ、こんなに人が多いなんて……。
けれども――。
みんなの視線が集中しているのは、私が今身に纏っているドレス。
いや、正確には――ドレスを着た“私”なのだろうか?
「奥様、こちらですわ」
案内役のアンナとリナが先導してくれなかったら、私はとっくに迷子になっていたに違いない。
思わず落ち着かない気持ちになってしまうのは、この城の規模もさることながら、やはり人の視線を一身に浴びてしまっているから。
人々が次々と足を止め、私を見た瞬間に顔を赤らめるのも、まるで夢のようで――。
「わっ!」
こちらをうっとりと見つめていた紳士のひとりが、隣の人にぶつかった瞬間、横にいた客までよろめきはじめる。まるでドミノ倒しのように次々と体勢を崩していく様に、周囲からは悲鳴にも似た声があがった。
どうしてこんなに注目を集めているのか、私自身が一番驚いている。
だが、ひしひしと感じる。ソフィアはゲームの中でもヒロインより華やかな見た目だった。やはりその美しさは人々の目に留まるのだと。
高揚感を噛みしめながら進むと、やがて重厚な大扉が目の前に現れた。
アンナとリナが「お待たせいたしました、奥様」と言い、かしこまって扉を開けると――。
人、人、人。
こちらのパーティー会場もまた、溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。
そして、まるで劇場の幕が上がったかのように、瞬く間に視線が私に集中していく。
会場を分け入るように歩みを進めていると――その遠くの隅で、まるで時が止まったかのように立ち尽くす二人の人影。
一人は夫のエドガー。
もう一人は義理の息子アレクシス。
普段は落ち着きはらった彼らが、今は驚きとも動揺ともつかない表情でこちらを見つめている。私と目が合った瞬間――
「……ソ、ソフィアなのか?」
エドガーは、まるで信じがたい光景を目にしたかのように、その瞳を大きく見開いている。
「……おばさん?」
一方、アレクシスはたちまち耳まで赤く染めながらも、視線をこちらに注いだまま。
そんな愛らしい姿に、つい笑みがこぼれそうになるのをこらえ、私は深く一礼する。
「お二人とも、そんなに見つめられますと……少し、恥ずかしいですわ」
私がそう口にすると、二人は一瞬目を丸くし、それから慌てるように視線をそらす。
エドガーの耳元も、アレクシスの耳元も、ほんのり赤くなっている。
――ああ、なんて可愛らしい。
周囲からは吐息まじりのざわめきが聞こえてきて、私の胸はどこか高鳴りを覚えた。
「フフ。こんなにも、可愛らしい推しと息子の姿を見られるなんて……」
たぶん、アンナとリナの頑張りのおかげだろう。ここまでの反応を引き出すとは、彼女たちのセンスは侮れない。
私は会場全体を見回して、最後にもう一度、エドガーとアレクシスへ視線を戻した。
二人は今なおこちらを凝視したまま、何か言いたそうに口を開きかけては、言葉にならず閉じるのを繰り返している。
その姿がなんとも愛らしく、思わず心の中で頬がゆるみそうになる。
(あとでアンナとリナには、たっぷりお礼をしなくちゃね)
そんなことを考えながら、私はもう一度大きく息を吸い込んだ。
きらびやかなパーティーという大海へ漕ぎ出していくように、一歩を踏み出すのだった。