……アレクシス?
え、どうして息子がここに? 彼は今、勉強中のはずでは――。
金色の髪を持つ、美しい少年が、にこやかにこちらを見上げている。その笑顔にかすかな不気味さを覚え、私は思わず足を止めた。
すると、そばにいたカイルが一瞬で姿勢を正し、アレクシスへ深々と頭を下げる。
「アレクシス様、失礼いたしました。」
その声には、微妙な緊張が滲んでいた。
どれだけカイルがこの若き公爵家の息子を尊敬しているのか、いやというほど伝わってくる。
一方で、アレクシスは気にも留めた様子もなく、ふわりと笑いながら一歩近づいてきた。
「母上、僕もご一緒してよろしいですか?」
「え? あ、アレクシス? 授業は……?」
なんとか動揺を隠して問いかけた私に、アレクシスはまるで悪気など微塵もない様子で楽しげに答える。
「ああ、母上のお姿が窓から見えたものだから、つい走ってきちゃいました。」
「そ……そう……」
正直、納得しきれないままちらりとカイルのほうを伺うと、彼もまた、不安そうな目つきで私を見返してきた。
その様子に、胸がざわつく。
(最近、アレクシスの様子がおかしいような……?)
前はもう少し尖った部分もあったはずなのに、ずいぶん穏やかになったような気がする。
これはもしかして、エドガーと二人で結託して、私のことを試している――なんてことは……?
「母上、僕のとっておきの場所にご案内しますよ。」
楽しげに小首を傾げながら、アレクシスは得意げに言う。
その可愛らしい笑顔に、なぜか負けたような気分になる。
まだ十歳の少年なのに、どうして私はこうも翻弄されているのかしら。
「ほら、母上! 僕の手を取って。」
差し出された小さな手は、どこか堂々とした雰囲気を漂わせていて――
私は思わず、その手を取ってしまっていた。
すると、アレクシスはためらいなくぎゅっと握り返してくる。
(え、何この力強さ……?
しかも、これって、恋人つなぎ……!?)
思わず息を飲んで手元を見つめると、彼の細くて可愛らしい指が、私の指の間に絡まっている。
(いやいや、待って。この子は息子なのだから、普通のスキンシップ……のはず。)
ちらりとアレクシスを見上げると、彼は一瞬だけ意地悪そうな笑みを浮かべ――そしてすぐに、無邪気な笑みへと戻った。
(今の、私の気のせい?)
それとも、本当にアレクシスは何か企んでいるの……?
ふと、彼がこのゲームの攻略対象であることを思い出した。いわゆる“ショタ枠”というポジションだ。それを思えば、普通の十歳とは一線を画す振る舞いにも頷ける。
もしかすると、無意識のうちに女性を口説くような仕草や態度をとってしまうのも、彼の“設定”なのかもしれない。
――うん、でも。きっと考えすぎよ。
まだ十歳の子どもなんだから、純粋に甘えたいだけ――それだけ、よね?
それでも落ち着かない胸のうちを押し殺しながら、私は小さな彼の手をそっと握り返す。
その姿を見守るカイルが、不思議そうに首を傾げているのを横目に、私はなんとも言えない熱が頬に広がるのを感じていた。