「久しぶりだな、ソフィア。」
低く冷たい声が重厚な扉の奥から響き、私は思わず息を呑む。
扉が軋むように閉まり、ブラックソーン伯爵――私の父が堂々と城内へ足を踏み入れた。
髪は漆黒に切り揃えられ、隙のない身のこなし。
まるで剣の刃先のように鋭利で、すべてが計算された完璧さを持つ姿。
しかし何よりも、その冷徹な目――私を“駒”としか見ていない証が、胸を締めつけるように痛い。
「元気そうだな。」
口元に浮かんだ微笑みには、温かさの欠片さえなく。
その無機質な笑みに目を向けるたび、心が恐怖に震えそうになる。
再会の言葉を返さねばとわかっていても、父の視線に囚われると、どうしても声が出せない。
かろうじて絞り出した声は、自分でも震えているのがわかった。
「……久しぶりですね、父上。」
しかし、伯爵は私の言葉など耳に入らないかのよう。
まるで商品の価値をはかるように私を見つめる、その瞳に愛情など微塵も感じられない。
――再会の瞬間。それは、私にとって運命を再確認することに他ならなかった。
けれど、そんな思いを抱く余裕もなく、私の背後にぴたりと頼もしげな気配が立った。
静かに前へ出たのは、エドガー。
「伯爵、ようこそお越しくださいました。」
エドガーの声はあくまでも冷静。しかし、その瞳には抑えきれない怒りの色がうっすらと宿っている。
まるで氷を思わせる彼の佇まいからは、尋常でない威圧感がにじみ出ていた。
さらに、その背後から、アレクシスが私の手をそっと握ってくる。
幼い手のぬくもりが、私の中に小さな安堵をもたらす。
そして、カイルが一歩、伯爵に向かって進み出た。
いつもの少し軽薄な雰囲気とは違い、彼の顔には確固とした決意が浮かんでいる。
冷酷な伯爵に対する嫌悪が、微かに見え隠れする表情だ。
「もう、あなたの思い通りにはさせません。」
カイルの言葉にならない決意が、静かにその場の空気を震わせるようだった。
三人の頼もしき“ナイト”に囲まれて、私ははじめて、“守られている”という感覚をはっきりと意識する。
どれほど父が強大であっても、どれほど冷酷であっても――今、私のそばにはこの三人がいる。
その事実が、立ち向かう意志と力を胸に与えてくれる。
「みんな、ありがとう……」
心の中でそっと、深く感謝を呟いた。
漆黒の髪を揺らし、伯爵は相変わらず冷たい微笑みのまま私を見下ろしている。
しかし、もう私は一人きりで怯えてはいない。
エドガー、アレクシス、カイル――たとえ運命がいかに厳しかろうと、今の私は決して折れはしないのだ。