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第91話 一生の宝物





 そう、その魂の全てを兄に捧げる決意。

 もう何からも逃げたりしない。


 こうして殻を破って覚醒したルナ。


 すると空手の才能を大きく開花させ、道場の誰もが驚く程の上達を示し始めた。


「師範……この子、とんでもない子です!」


「ああ、兄の一星くんも天才だと思ったが、これ程の成長は見た事が無い……正に真の天才だ……」



 との驚嘆ぶり。





 そしていつもの女子卜イレ。


「最近堂々としちゃってぇ。 アタシらの下ぼくのクセに……ホラ、返事くらいしろよ。ちょっと……何無視してんだよ、……おいっ、付け上がってんじゃねーよ!」


 いつもの様に小突き回してきたイジメグループリーダー。そして取り巻きの者たち。


 パシッ……


 手をはね除けるルナに場が凍る。―――と、


「テメェ、生意気なん…」

「っルサいっっっ!!!」



ドゴォッッ!!



 一瞬で叩き込まれる肝臓への正拳付きからの顔面へ不可視の右上段廻し蹴り。リーダー女子は壁まで3mぶっ飛び激突、そのままずり落ちる。前歯三本も吹っ飛ばされ、完全に失神して伸びていた。



「……」 


 呆気に取られ恐怖に固まるグループ全員。



 そこには堂々たる残心のポーズのルナの姿が。そしてフー……と長くひと吐き、残った者へ『キッ』と刺し貫く様なひと睨み。



 ――― 全てが終わった。





 後にリーダー女子は担任に被害を訴えるも、事なかれのクズ担任は『正当防衛による偶然』として今回はルナ側について事態を隠蔽した。

 今までの全てが明るみに出るのを畏れたのだ。そう、真のクズであるがそれがルナに幸いした。




 ―――以降、完全に虐めは終焉を遂げた。





 覚醒後の目覚ましい成長を確と見た兄は自分の全てを伝えるべく手取り足取り徹底的に付き合った。


 その甲斐もありルナが小5の後半になると既に兄のレベルに近づく程の驚異的な進歩となった。


 また、幸いにも道場の仲間達の寄付により手術、兄は視力をとり戻した。




――――その頃のジュニア大会で


「おい、あいつら兄妹で決勝出てるぞ。本当に二人共ガチ天才だな」


「しかも天才と言われる兄と比べても妹は2つも下なのにもうほぼ互角、特例で女で無差別枠にだなんて」


「正にあれはチ―ト級。超天才だ……特にあの蹴りは分かってても避けきれない……」


 だがその大会では僅差で兄が優勝した。悔しさより一層兄への憧憬が強まるルナ。


「さすがお兄ちゃん、やっぱり敵わなかった」

 ……と兄を誇らしげに表彰台で仰ぎ見る。


「どっちが勝ってもおかしくなかった。ルナはホント凄いよ。僕の倍の成長スピードだ!」


「ううん。お兄ちゃんに全部教わったからだよ。自分の練習も犠牲にして」



『――――それでも僕の自慢の妹だよ』



 激しい高揚と武者震い。この兄に一人前と認められた事がルナにとってどれ程のものだったか。


 それは一生の宝物。



 いつもあり得ないほど丁寧に教えてくれた。

 惜しげもなく全部くれた。

 カラテだけじゃない。私の人生の何もかも……


「貰うばかりでゴメンね。でも、まだまだ学ぶ事ばかり」


「違うよ。もう教える事も殆ど無いしね。

 それに、



 ……え?……


 この人は何言ってるの?

 世界一優しくしてくれたんだよ? 


 私なんてまだ何ひとつ……。

 いつか返したい……だからお兄ちゃん、


 今度は私が守る番だよ !!



 ただそうなりたくて―――。



 夕暮れ遅くまで更に狂ったように練習に打ち込むルナ。


 守られてばかりはもう終わり!

 あの星に届くまで私はやる!

 必ずお兄ちゃんの為になる!

 お兄ちゃんの為に生きる!

 お兄ちゃんの誇りとなるっ !!



 焼けるような茜空に誓うルナ。その空には三日月と一番星が煌々と輝く。



 そう、ルナにとって戦いの日々は続いていた。いや、むしろ初めての目標に向け、全てが始まっていたのだ。




 そしてが兄が中2、ルナが小6に。


 だが平穏な生活になったはずのルナには未だ心の安寧は訪れてはいなかった。まだ何も恩を返せていなかったからだ。


 親の虐待は完全に無くなったが、離婚した母は酒に溺れて廃人化。

 そのため、家事や育児の放棄は寧ろ助長。


 兄は新聞配達など、生計の為に寝る間を惜しんで必死でアルバイトをこなしてルナの世話をした。ルナはせめて家事で家を支えたが、何も出来ずに足手まといの自分に苛立っていた。



 それでもカラテだけは続けた二人。更に伸びる才能。




 そうして練習でも実力が逆転してきたであろうことを感じ始める。道場でも注目の的だ。特に兄をも凌ぐその蹴り技に周囲も皆、息をのむ。


 その乱取は熱を増す。


 吐く息、一瞬の目の動き、それを手掛かりに凄まじい応酬を繰り広げて飛び散る額の汗。稽古を終え、


「フウッ……ルナ、本当に強くなったな! 次の大会、ヤッパリこっちが負けそうだな」


「うん! 絶対に勝つよ!……でも、それも私の恩返しだから……」



 今のルナに出来ることはそれだけだった。だからこそ、それだけは成し遂げたかった。



 楽しみにしてるよ、とそう言って肩に置かれた温かい手が胸まで熱くする。



 期待される事の嬉しさが、応えてあげられる自信が……正にその日が目の前に来ている。


『これでようやく一つ恩返しが出来る』


 無上の喜びに瞳が潤む。と同時に頭ポンではなくなってしまった事が少しの寂しさを滲ませる。だがすぐに思い直すルナ。


『そっか、これからはそう言う立場なんだ。自慢の妹として……絶対に役立ってみせる!』


 そこで早速兄の額の汗に初めてタオルを当ててみた。



 うやうやしく拭うと照れくさそうな兄の笑顔。

 あり得ぬ程の胸の高まりに『遂に届き始めた』

 そう思えて目を細めるルナ。


 余りに夢中で忘れてた呼吸を一つ。


『はあ―……』


 と何故か思わぬ溜め息が出た事に驚いて苦笑。

 ――――幸せでも出るものなんだ……


 もう何もかも生まれ変わってしまった気さえした。



 そしてその帰り道。

 二人でランニングして家へ戻る途中にそれは起きた。





『運命の日』―――――――











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