虐待の日々は続いた。
そうした中、兄はどうにかしようと特訓ばかりしてる内に成績が下がって行き、ある時テストでかなり悪い点をとって帰った。
ここぞとばかりガタイのいい再婚相手と共に夫婦で容赦の無い暴力的虐待を受ける兄。
「お前なんか妹がいなけりゃもっとこうなってたんだよっ!」
夫婦で殴るケルを続けた。見かねたルナが怯えながらも思わず身を挺して庇う。
「お兄ちゃんは悪くないの! 私のせいだからやめてっ!……ぎゃっ……」
居間の端まで義父に蹴り飛ばされるルナ。
「ルナ、来るな、危ないから下がってろっ!」
やっぱりルナがいなかったら今まで僕がこうなってたんだ……ルナはずっと身代わりになってくれてたんだ。
……でなきゃ、きっと僕は潰れていただろう。
だけど、こんなんじゃダメだ! どうにかもっと守ってあげないと! 例え命を削ろうと!
「ルナは何も悪くないじゃんか! 罪もない者に手を出すな! それ以上やるなら……
「何だとぉ、ゴルァ~ッ!」
命懸けで抵抗する兄。一矢でも酬いて嫌がられる事で少しでもルナへの虐待を減らせればと―――。
その空手技で顔面をボコボコに出血させるも相手は格闘技経験者のマッチョ男。小学生が敵う筈もない。
すばしこく戦うもやがて捕らえられ、立ち上がれない程の半殺しの目に逢う兄。
だがその目だけは死んでいなかった。血ダラケの顔で尋常ではない睨みを続ける兄。
畏怖した義父はそれを断ち切ろうと血相を変えて更にシバキ続けた。
だがその形容しがたい怨念に満ちた様な目がどこ迄も追って来る。恐怖すら抱く義父。寝首を掻かれるかもと思わされた。実際、兄にはその位の覚悟が有った。
……今は戦わずして勝つ。その
義父の体格を考えるとそれは未だ未だ到底無理だった。だが生き残った兄はその後も黙々と鍛え続けた。
そしてその狂おしい程の何かに怯えた義父は兄の前でルナを虐待するのを控え、以後は陰でやるようになった。
その命懸けの闘いで暴力が半減しただけでもルナにとっては救いとなり、兄に感謝した。
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その後、兄は成積も落とさずジュニア大会で優勝。道場にも恩返し出来たことで、師範に事情を話して更なる助力を嘆願した。
そう、妹も特待生を認めてもらい一緒に練習させて欲しいと。勿論快く受け入れてくれた。
そんなある日
「ルナ、いつも大変な目に会ってツラくないか?」
どんな時でも気にかけて見守り続けてくれるその優しい眼差し。 大好きだった。
『私の空にはいつでも一番星があるから平気だよ』
――そう思いながらも照れ臭くて口には出せなかった。別の言葉で、
「う……ん……お兄ちゃんがいつも助けてくれるから全然大丈夫。お兄ちゃんさえ居てくれたら私は何もこわくなんかないよ」
―――兄は陰で泣いた。
きっとこの子がいなかったらずっと闇だけの人生だった。 身代わりで救われ、頼られて嬉しさと責任を自覚出来た……
そう、僕は一人の人間になれた。
『この世界に生まれてきた意味、それがここに有ったんだ!……』
この子こそが僕の闇を照らす一筋の月明かり。この子の為なら僕は何でもする! 何にでもなれる、なってみせる!
小学校の工作で作った三日月と一番星のマークを入れたオブジェ(ペン立て)を握り締める兄。
そうした頃、何故かルナの体のアザが酷くなって行き、どんどん体調も悪化してゆく。兄は自分の知らない所で何が起きてるのか心配でならなかった。
原因はルナに下剤や抗不安薬の過剰摂取をさせ、それにより入退院を繰り返すようになっていた。そうやって保険金詐欺で遊び回る親。
ボロボロになって行く体。死線を彷徨うこともあった。しかしそれでもルナは気丈に振る舞う。
その理由。
―――苦しいよ……もうこんな私、死んじゃったほうが良いのかな……いや。でも、今死ねばこの虐待の矛先はお兄ちゃんへ必ず向く。
あの再婚相手の男はヤンキー上がりのならず者で格闘技経験者。体も大きい。まだお兄ちゃんでも敵わない。
せめてあと1年……お兄ちゃんが大きくなれば絶対に負けない。だからまだ死ぬ訳には行かない。
なんとしてもお兄ちゃんを守る! 死ぬのはそれからでも遅くない……
そう、それらは兄が小6になったばかりの頃のこと。
だが兄はルナへの入退院の真相を調査に来た民生委員から知った。烈しく怒りに震える兄。
その朦朧としたルナを目にして遂に耐えかね行動に出た。
僕が居ない時ばかり狙ってルナを!
もはや人間として扱ってないじゃないかっ!
兄は全てを賭け勝負に出た―――――
「お前ら、もう絶対に許さない !! 」
「んだとぉ?……テメェ!」
余りの体格差、大人のパンチの重さ。
それでも立ち向かい大乱闘。
研ぎ澄ませた空手技で烈しく応戦。
それこそ互いにボロボロになる程の打撃の応酬。
吹っ飛び、吹っ飛ばされ、家中めちゃくちゃに。
やがてもうフラフラな二人。
「ハァ、ハァ、このガキィ……ブッ殺す……」
兄は健闘するも徐々に体格差が物を言い始める。
遂に絶対的窮地まで追い詰められた兄。
「ハァ……ハァ……ガフッ」
「お兄ちゃんっっ!」
泣きそうな顔で見守るルナ。しかし兄の魂が叫ぶ。
「そ……それでも……諦める訳には……」
ユラリ……
「……いかないんだあぁ――――――っっ!」
一瞬視界から消えたように見えた。
『バキャッッッ!!…………』
死に物狂いで放った兄の『胴廻し回転蹴り』が見事相手の頬骨に炸裂。顔の半分まで食い込む
それは自尊心ごと粉々に打ち砕き、吹っ飛ばした。
その激痛にヒィヒィと泣き喚き、のた打ち回る男。
更に馬乗りとなり、そこへ追撃の正挙突き。
変形する顔面。泣いて許しを乞う男。
助けに来た母親もボコり、最後には両親二人に二度としないと誓わせた。
一瞬、ルナヘと振り返る兄。
腫れ上がった顔でニコリ。
――― そこで兄はバッタリ倒れた。
あくる日
親子三人はその乱闘による酷い骨折により入院していた。
その兄を見舞いショックを受けるルナ。
『お……お兄ちゃん……その眼……』
それは網膜剥離となって片目が失明寸前に。しかし悔いの無い声で、
『ルナ……ボクは
今迄見せたことも無い様な兄の晴れやかな笑顔。
―――ルナは哭いた。
その包帯だらけの兄の胸の中にしがみついて泣きじゃくった。
息継ぎも危うくなる程に。
その時、常に怯えた目をしていたルナがその胸の中で初めて、まるで睨むような形相となった。
しがみつく手は震えるほど固く握りしめられ、そして心に誓った――――。
こんな私の為に何もかも……
はぅ……
お兄……ちゃん……
こ、この恩を返す迄……
もう何からも逃げたりしないっ!……
もうこの命はぁっ…………
お兄ちゃんのものだぁぁっっ!!!