次の日、綾人がもらったメモに書かれた警察署に行くと、すでに志鷹は警察署の前に立っていた。
「おはようございます志鷹さん」
「おはよう。傷の具合はどうだ?」
綾人は笑みを浮かべた。
「おかげさまでこのとおり」
そう言うと綾人は屈伸したり体を捻ったりしてみせた。すると、志鷹は「ふっ」と優しい笑みを浮かべた。綾人は一瞬驚いた顔をするが何も言わずに頭をかいた。
「そーゆー志鷹さんは大丈夫ですか?」
「あぁ。あんなのかすり傷だ」
そう言うと志鷹はニヤリと笑いぐるぐると腕を回した。
「ならよかった。そんなら行きますか」
そう言い綾人は警察署に視線を向けた。
「そうだな」
志鷹も続けて警察署に視線を向けた。そして2人はスタスタと入り口に歩いて行った。
2人が受付を済ませ警察署のロビーで待っていると、しばらくして建物の奥から鴉飛が慌てた様子でこちらに走ってきた。
「すみません。お待たせしました。こちらです」
そう言い、鴉飛はエレベーターに案内すると2階のボタンを押した。誰も話さないままエレベーターが2階に着くと鴉飛はいくつも部署名が書いた部屋を通り過ぎついには、廊下の端まで来た。
「鴉飛さん。もうこの先には⋯」
綾人が言い終わる前に、鴉飛の姿は壁をスルりと通り抜けた。
「なっ?!」
2人が驚いていると、再び壁からひょっこり鴉飛が顔だけ出した。
「?!」
「大丈夫です。そのまま通って来てください」
そう言うとまたひょこっと壁の向こうに消えていった。思わず2人は顔を見合わせた。
「お先にどーぞ志鷹さん」
手のひらで綾人は壁を指すと志鷹を見た。
「こうゆうのは若いのが先に行くんだろ」
ムッと志鷹が言うと今度は背後から甘美瑛の声がした。
「あ、いらっしゃったんですね。さっ、いきましょう」
振り返る間も無く甘美瑛に背を押され2人は壁を通り過ぎた。綾人は思わず閉じた目を開けると、そこにはいくつもの机と椅子が並ぶ何の変哲もない部屋だった。
「ここは⋯」
「ようこそ四課へ」
綾人の呟きに甘美瑛はニコニコと言いスタスタと歩いて行った。
「やぁやぁ。わざわざ来てもらって悪いね」
そう言い、ニコニコと笑みを浮かべる20代後半ぐらいに見える 青年は2人に手招きをした。よく見るとその青年の横には鴉飛が立っていた。2人が青年のもとへ行くと再び青年は口を開いた。
「はじめまして。俺の名前は
「ずいぶんとお若そうに見えるが」
「そうか?これでもかなりの年数生きてるんだけどなぁ」
そう言い困ったように頭をかいた。
「まあそれはさておき、今日来てもらったのは話とお願いがあってね。まず、君たちは、「異人」って知ってるかい?」
唐突に聞かれた2人は首を傾げた。
「「異人」って「あの偉人さんに連れられて行っちゃった。」の「異人」ですか?」
綾人が有名な童謡を口ずさむと鴉飛は続けた。
「たしかに「異人」とは元々は「別人」や「違う人」という意味で、昔は自分がいた村に来た「宗教者」や「行商人」を『異人』って呼んでいました」
「他にも他の国から来た人を『異人』と呼んでいたね。さっき歌った「赤い靴」に出てくる『異人さん』はその「外国人」という説があるんだけどね。でも、今回の場合の『異人』は「もののけ」とか「鬼」のことをさすんだ」
先を続けた鬼瓦はそこで話を区切ると2人を交互に見たあとに再び続けた。
「⋯まぁ、これは見てもらった方が早いかな」
頭をかきかき鬼瓦は言うと、細かった鬼瓦の体はみるみる屈強な物になり頭からはメキメキと角が頭から生えてきた。
「?!」
「部長。2人がびっくりしてます」
驚いている2人を他所に鴉飛はため息を吐いた。
「いやぁ、驚かせてごめんよ。見た方が早いと思ってね」
そう言うとメキメキっと鬼瓦は元の青年の姿に戻った。
「こんな感じで人間に化けて生きているのが「異人」なんだ」
「ということは、昨日見た先生や鴉飛さん、甘美瑛さんも「異人」」
「先生?」
小首を傾げる鬼瓦に綾人は今までの経緯と昨日、学校で見たことを話をした。
「なるほど。その先生も異人だね」
「あっ、俺たちに見られたら捕まるとかないすよね?」
綾人が申し訳なさそうに訊ねると、鬼瓦は豪快に笑いだした。
「いや、さすがに人に見られたぐらいじゃ捕まらないよ」
「でも、「異人」がやった殺人や強盗を取り締まるのが俺たち第四課討伐班の仕事なんだ」
そう言い鴉飛は甘美瑛を見た。
「最近も鬼が暴れていると報告があるんだどこれが少し妙でね」
「妙?」
志鷹が聞き返すと甘美瑛はチラリと鬼瓦を見た。
「君たち、これに見覚えはないかい?」
そう言い鬼瓦が手にしていたのは白い紙から切り抜かれた人形だった。
「「あっ」」
思わず2人が声を上げお互いの顔を見た。
「どうやら知ってるようだね」
鬼瓦は少し厳しい顔をした。
「先程、話した吾妻光輝の部屋に同じ物があった」
「学校で話を聞いたら「カタシロサマ」って呼ばれてるみたいです」
志鷹の言葉に綾人が続けた。
「なるほど。どうやら君たちも同じ事件を追っているみたいだね」
そう言い鬼瓦は考え込んだ後に2人を見た。
「ならば改めてお願いをするよ。君たちもこの事件の捜査を手伝ってほしいんだ。おそらくだが、君が追っている事件の答えもこの先にあると思うんだ」
鬼瓦は真っ直ぐ綾人を見た。
「⋯わかりました。協力しましょう。志鷹さんはどうしますか?」
全員の視線を受けた志鷹は困ったような表情を浮かべ頭をかいた。
「そう言われましても、私は一課で追っている事件があるんでね」
「ちなみにどんな?」
鬼瓦に聞かれ志鷹は再び頭をかいた。
「一応、機密情報なんですが⋯まぁ同じ警察ですし。私が追っていたのは連続失踪爆破事件で、行方不明になった人が死体で発見されている。しかも遺体がそちらと同じように妙で、腹が体内から爆破されている」
想像してしまった綾人は顔を顰めた。
「で、その行方不明者の中に吾妻光輝の名前があった」
そう言い綾人を見た。
「なるほど。なら、あなたの答えもこの事件の先にあるかもしれませんね」
「みたいですね」
そう言い志鷹は肩をすくめて見せた。
「ありがとう。そしたらこれを」
そう言うと鬼瓦は綾人に警察手帳をわたした。
「そっちの君は」
そう言うと鬼瓦は志鷹を見た。
「君は部署が違うと何かとめんどくさいことになるだろうから君もしばらくはこれを使ってくれ」
そう言うと志鷹に警察手帳をわたした。
「んじゃ、俺はちょっと出てくっから。調査よろしく頼んだよ」
そう言うと鬼瓦はニッと懐っこい笑みを浮かべ片手をあげ壁をすり抜けて部署の外に行ってしまった。
「また飲みに行ったなあれは」
「仕方ないですよ。なんせ酒呑童子なんですから」
呆れる鴉飛に甘美瑛が笑みを浮かべながら言った。その言葉に綾人と志鷹はギョッとし、鬼瓦が消えた壁を見た。
「で⋯どうしますか?」
上司の背中を見たあとに困ったような表情て鴉飛は2人を見た。
「でしたら、そちらで追っている事件の資料を見せていただけますか?」
「わかりました。ならこちらに」
そう言い鴉飛は自分のデスクに案内すると、パソコンをカタカタと触り資料を出した。
「今年の7月26日に女性が路地裏で臓器を喰われた状態で発見されたのがはじまりです」
資料を見た綾人はその悲惨な死体に顔を顰めたが次の瞬間、頭にリビングで倒れている人たち、それを貪り食う鬼の姿が浮かび綾人はフラッと1歩下がった。
「おい、大丈夫か?見るの辛いならそこで聞いてろ」
資料から顔を上げ志鷹が綾人を見た。
「あ⋯あぁ」
脂汗を滲ませながら綾人は俯いたまま呟いた。
(なんだ⋯今の⋯)
額に手を当て考えるが頭に靄がかかったように何も思い出せない。
「大丈夫ですか?座りますか?」
甘美瑛が心配そうに綾人の顔を覗きこんだ。
「大丈夫です。すみません。続けてください」
苦笑いを浮かべ綾人は甘美瑛を見て言った。心配そうな表情を浮かべていたが鴉飛は資料に目を移し続けた。
「その2日後の7月28日に男性会社員が殺され、そこからなぜか8月、9月と鳴りを潜め10月1日に1件、11月6、13、20と立て続けに起き、今月に入ってからも3日と11日と2件同様の手口の事件が起きています」
「⋯なんで
「そうなんですよ。そこがわからなくて」
鴉飛は首を傾げた。綾人も考えたが情報が少ないからか上手く推理がまとまらない。
「ここで考えていても仕方ないし、今日はこれぐらいにして、あとは明日にします?」
甘美瑛に言われ時計を見ると、いつの間にか夜の6時をさしていた。
「そうですね。志鷹さんはどうします?」
「俺はちょっと一課寄ってから帰る。お前はとっとと帰って休め」
シッシッと手でやる志鷹に綾人は苦笑いを浮かべた。
「じゃぁすみません。お先に失礼します」
「うん。また明日ね」
甘美瑛はニコニコしながらヒラヒラと手を振った。
「どっかでぶっ倒れるんじゃないぞ」
からかうように言う志鷹の言葉に再び苦笑いを浮かべながら綾人は4課をあとにした。