次の日、早瀬警察署に綾人が行くと、すでに志鷹はいつもの様に警察署前に立っていた。
「おはようございます⋯ってすげぇクマできてますが大丈夫ですか?」
不安そうにする綾人に志鷹は苦笑いを浮かべた。
「⋯んあぁ。ちょっと寝不足でな」
「一課の仕事が忙しいんですか?」
「まぁ⋯んな感じだ」
そう言うと持っていたジッポでタバコに火をつけるが、顔を顰めすぐにタバコを消し持っていたケースに入れた。
「んじゃ行くか」
そう言い、志鷹は警察署に歩いて行った。その背中に意味しれぬ違和感と不安を綾人は感じたが、それを頭の隅に追いやり志鷹のあとを走って追いかけた。
四課に行くと、そこには鴉飛と甘美瑛がいた。2人は綾人と志鷹が来たことに気がつくと笑みを浮かべ出迎えた。
「おはようございます」
挨拶をするとぺこりと鴉飛は礼儀正しく頭を下げた。
「おはようございます鴉飛さん、甘美瑛さん。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「で、今日はどうしますか?」
鴉飛に聞かれ綾人は少し考えると志鷹を見た。
「んー。⋯志鷹さんが追っていた事件ってどんなのですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
不思議そうな顔をして志鷹は綾人を見た。
「いや、光輝が関わってるなら何かこの事件にも関わりがあるかもなって思って」
「なるほど」
そ 短く言うと志鷹は自分の警察手帳を開いた。
「ことの発端は7月12日に1人の大学生が行方不明になったことだ。しかし、その大学生が8月21日に遺体で発見された。それも腹を爆破されて」
そう言いながら志鷹はホワイトボードに日付と被害者を書いていった。
「その後、9月3日と21日に同様の手口の死体がそれぞれ別々のところで上がり、30日にまた大学生が行方不明になっていた。で、10月になったら立て続けに18日、21日と死体があがり、11月1日に大学生が行方不明になるが23日に死体で見つかる。んで。今月になり吾妻光輝と吾妻夫妻が行方不明になった」
書き終わった志鷹はコンコンとホワイトボードの名前を叩いた。綾人はジッとホワイトボードを見つめると青いペンでその下に何かを書きはじめた。
「鴉飛さん、切り裂き殺人事件の日付とかあっていますか?」
ペンにフタをしながら綾人は鴉飛を見ると、鴉飛はサーッと綾人の書いた内容を見ると首を振った。
「いえ、ないです」
「すごい記憶力ですね」
甘美瑛が驚いた表情で綾人を見ると綾人は照れたように「いやあ」と言った。
「それに探偵。お手柄だ」
書かれた内容を見た志鷹はニヤリと笑い綾人の背中を叩いた。
「なるほど。連続切り裂き殺人事件が起きてない時に連続爆破事件が起きているんですね」
ホワイトボードを見た鴉飛は、納得したように言った。
「これは果たしてこれは偶然ですかね?」
「少なくともこの2件は吾妻光輝とは関わりがあるだろうな」
そう言うと12月に死体で見つかった高校生2人をコンコンと持っていたフタをしたマーカーで突っついた。
「1人目の名前は
「⋯光輝の日記に書いてあったいじめっ子か」
「ご明察」
志鷹はほくそ笑むと頷いた。
「この事件のことは知られていないから犯行方法を知ってるのは⋯」
「犯人だけか。やっぱり2つの事件はつながってるのかもしれませんね」
志鷹からホワイトボードに綾人は視線を戻した。
「でも、どうやってここから犯人の足跡を辿ります?またあの廃神社に行ってみます?」
綾人が考えていると、志鷹はスタスタとホワイトボードから離れていった。
「鴉飛さん、パソコン借りますよ」
「あ、どうぞ」
志鷹はパソコンの前に行くとカタカタと何かを打ち込みクリックをした。
「何調べてるんです?」
綾人がパソコンを覗くと画面には検索サイトが開かれ、1件の和紙工房の名前がヒットしていた。
「和紙工房?」
「吾妻光輝の部屋で見つけた紙の人形があっただろ。あれは和紙でできていた。学校であれをわたしているという話があったからな。ならあれを作るために和紙を大量に買っている可能性がある。そこから足がつかないかと思ってな」
「なるほど」
綾人は短く言うと志鷹が開いた「木綿和紙工房」と書かれたホームページに視線をむけた。
「和紙作り体験に⋯へぇ和紙でできた商品も売ってるのか。⋯和紙も販売してるみたいですね」
そう言い綾人は志鷹を見た。
「行ってみますか?」
鴉飛に尋ねられ2人は顔を見合わせ、鴉飛に視線を戻すと頷いて見せた。
「わかりました。俺はこのことを鬼瓦部長に伝えておきます」
「お願いします」
志鷹は頷いた。
「お気をつけて」
甘美瑛が言うと綾人は頷いて見せた。
「ありがとうございます」
そう言うと綾人は志鷹と一緒に木綿和紙工房にむかった。
都内にある下町。そこにポツンとある和風な建物にその和紙工房はあった。
「すみませーん」
建物に入り綾人が声をかけると、1人の藍色の前掛けをした20代後半ぐらいの男が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。和紙作り体験の方でしょうか?」
「いや、私たちは早瀬警察署の者です」
2人が警察手帳を見せると驚いた表情を浮かべた。
「警察の方がどうして?まさか、私の正体がバレてしまって逮捕しに来たとか?」
「正体?」
綾人は不意にでた言葉に首を傾げた。
「⋯もしかして異人ですか?」
志鷹が尋ねると男性は頷いた。
「はい。私は一反木綿でして」
そう言うと見る見る姿が白い布に変わるが、すぐにまた男性の姿に戻った。
「それで⋯私は逮捕されるんでしょうか?」
「あ、いえ。正体が知られただけでは逮捕はされませんよ。実は俺たちは別の理由で今日は来たんです」
綾人の言葉に男性はホッとした表情を浮かべた。
「5、6ヶ月ぐらい前からお取引がはじまった取り引き先さんってありませんか?」
「ちょっと待ってくださいね」
そう言うと男は奥へ引っ込み、やがて台帳のような分厚い物を手に戻ってきた。 「そうですね。それぐらい前からですと⋯
「⋯ちなみににどんな用途とかって聞いてますか?」
綾人が尋ねると男は申し訳なさそうに首を振った。
「いえ、プライバシーになりますのでそうゆうのは聞かないようにしているんです」
「なるほど。ありがとうございます。参考になりました。では、私たちはこれで」
そう言い2人は男に見送られ木綿和紙工房を出ると、夕日が傾きはじめ、警察署に戻る頃には当たりはすっかり暗くなっていた。
「おかえり。いやぁ成果は聞いてるよ。頑張ってくれているみたいだね」
そう言い鬼瓦が2人をニコニコと迎えてくれた。
「ありがとうございます。またちょっと面白い情報がありまして」
綾人はコートを脱ぐと先程、木綿和紙工房で聞いた話を鬼瓦に話して聞かせた。
「なるほど。わかった。その製薬会社のことは調べておくから今日はもうあがったいいよ。お疲れさん」
「ありがとうございます。では失礼します」
「お疲れ様です」
2人は言うと警察署をあとをした。
「志鷹さんはどうします?よかったら一緒に飯でも⋯」
しかし志鷹はなぜか驚いた表情を浮かべたまま綾人を凝視したまま固まっていた。
「⋯志鷹⋯さん?」
「あ⋯あぁ、すまん。今日はちょっと帰らせてもらう。お疲れさん」
早口で言うと志鷹は師走の街に消えて行った。綾人は手を伸ばし引き止めようとするが、手を下ろし志鷹が去った方向とは逆の方向へとむかった。