どうしてここまでの道中で気づくことができなかったのだろうか。
「……わ、わたしは、この世界にアバターの姿で転生してきたってことなの?」
落ち着こうとしてもできなかった。
顔を上げてもういちど鏡を見てみる。
やはり、そこに映り込んでいるのは、間違いなくサクラがゲーム内で使用していたアバターの姿だった。
「……なんで、どうして? わたしは元の世界では死んじゃったってことなの?」
ゲームの発売日に丸一日かけて作り上げた、愛着のあるキャラクターの姿。
頭のてっぺんからつま先まで、自分の思い描く最高の美女を作り上げようと時間をかけたのだ。見間違えるはずがない。
手足の長いすらっとした長身の女性。
出るとこは出ていて、そうでないところはしっかりと引き締まっている。サクラの憧れる理想的なメリハリのある体型だ。
肌は雪のように白く、まっすぐな艶めく黒髪が腰まで伸びているのは、ものぐさな現実の自分ではあり得ない。
「……うそうそうそうそ、なんにも思い出せない。どうしてこうなっちゃったんだっけ?」
鏡の前でぶつぶつと小声で囁き続けるサクラを前にして、ヴァルカが再び涙を流す。
きっと彼女には、サクラが家族を失ったことが受け入れられず、錯乱したように見えたのだろう。
「いきなり叫び声が聞こえたと思ったら。そんな格好でなにをしているのですか?」
背後からクロビスの声が聞こえた。
その瞬間、ふわりとからだがなにかに包み込まれる。
「せっかく温まったのに、からだが冷えてしまいますよ」
素っ裸の状態で肩に服をひっかけていただけなので、腰を抜かしたときに床に落ちてしまっていたらしい。クロビスが服を拾い上げて、背後からかけてくれたのだ。
「──っあ、あのね、わたし!」
鏡にクロビスの姿が映り込む。サクラは彼を振り返り、今の自分の状態を説明しようとした。
しかし、この姿が本来の自分のものではなく、自分が作りあげたアバターのものだということはどう言えば伝わるのか。
サクラは勢いよく立ち上がると、助けを求めるようにクロビスの腕にしがみついた。
「……わ、わたしね……。あの、えっと……」
分身とでも言えばいいのだろうか。
それとも、写し身と伝えれば理解してもらえるだろうか。
いや、そもそも正直にアバターの姿であることを説明するべきではないのだろうか。
サクラがあれこれ考えて苦しんでいると、クロビスがゆっくりと息を吐いた。
「申し訳ないですが、お二人とも外に出てくれますか? 私とサクラだけで話がしたいのです」
クロビスが室内にいる者に声をかける。
「……三人?」
サクラはてっきり、室内にいるのは自分とクロビス、それからヴァルカを合わせた三人だと思っていた。
クロビスが「お二人とも」と声をかけたので、不思議に思ったサクラは視線を動かして室内を見回した。
すると、サクラはすぐに脱衣所の入り口にひとりの少年が立っていることに気がつく。
「──っご、ごめんなさい!」
少年はサクラと視線が合うと、顔を背けて謝罪の言葉を口にする。
「あまりに大きな悲鳴だったので、一大事だと思ったんです。けしてのぞきをしようとか、そういうことではありませんからあああああ!」
少年は頬を赤く染めてそう叫ぶと、背中を向けて走り去っていった。
そのあとを追うように、ヴァルカもクロビスに向かって一礼してから脱衣所を出ていく。
「……まったく、落ち着きのない子供ですみません」
「こ、子供? まさかあなたの息子さんなのかしら」
「勘違いしないでください。あれは私の弟子です。住み込みで雑務をこなしながら、医者になるための勉学に励んでいるのです」
「あら、そうなのね」
サクラは苦笑いを浮かべながら、少年の出て行った脱衣所の扉をみつめて大きく頷く。
「あなたは意外とかっこいいから、子供の一人二人いてもおかしくないと思っちゃった」
「そんな節操のないように見えますか?」
「んん、どうだろ。ちょっとはそう思えるところがあるかもしれないわね」
クロビスとふざけたやりとりをしているうちに、サクラは鏡を見て受けた心の乱れがすっかり落ち着いていた。
「彼のことはまた後できちんと紹介いたします」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
「……それで、どうして叫び声なんてあげたのですか?」
「それが、ちょっと服の着方がわからなくて鏡を見ただけなんだけどね。実は……」
悩みに悩んだ結果、サクラは事実を正直に話すことを決めた。