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第11話

「これでは街ですれ違ってもわかりそうにありませんね。普通に生きている人間となにひとつ変わりないように見えるのですが……」


 クロビスがまじまじと顔をのぞき込んでくる。

 好奇心旺盛そうな目が、至近距離でまばたきを繰り返している。彼の呼吸が間近で感じられて、生を実感する。


「これが作り物の肉体とは驚きました。あなたのいた世界はずいぶん魔術が発達しているのですね」


「えっと、そういうのとは違うはずなんだけどね」


「……魔術とは違う。ではどのようにして魂を物体に入れ込むのでしょうか?」


「何度も言うけどね。この世界へやってくる直前の記憶がなくて、私にもこの状況は説明できないの」


「それは本当に残念なことです。医師としてあなたのからだの作りがとても気になります」


 サクラの頬を撫でたり軽くつねったりしながら、クロビスはまるで子供のように無邪気に笑っている。


「機会があれば、少しおからだを調べさせていただいてもよろしいですか?」


「さすがに解剖したいだとか、そういうのは嫌よ」


 サクラの返答を聞いた途端、クロビスは薄笑いで唇をゆがめた。


「す、少しだけ触ったり、採血したりするくらいならいいけど……」


 サクラが言葉を続けていると、頬を撫でていたクロビスの手がゆっくりと首筋までおりてきた。

 まさか首を絞めて無理やりおとなしくさせるつもりなのか、そう思ったサクラはとっさにクロビスの手を掴んで動きをとめさせた。


「──痛いのは絶対ダメだからね! 睡眠薬とか、そういうのも勘弁してよ?」


「くすぐったいと感じる程度には、感覚があるようですね」


 クロビスは一瞬だけ驚いた顔をしたものの、なにがおかしいのかくつくつと笑いだした。


「そんなに慌てずとも、ご不快になるようなことはしませんよ」


「……だって、なんだか雰囲気が胡散臭いんだもの」


「失礼ですね。これから共に過ごす相手のことを深く知ろうとするのは自然な感情でしょう?」


「…………やっぱりさ、なにか裏がありそうな感じがするのよね」


 サクラが胡乱な目つきでクロビスを睨みつけると、彼はとうとう声をだして笑った。


「な、なによ?」


「くくく、正直な方だなと思いましてね」


「やっぱりあなたってどこか変だわ」


「あなたにだけは言われたくありませんね」


 クロビスはひとしきり笑ったあとにそう言うと、途端に真面目な顔をして黙り込んだ。彼はじっとサクラの目をみつめたあと、額へ唇を落としてくる。

 サクラは突然のクロビスの行動に驚いてからだをこわばらせた。なにも言えずに固まっていると、彼は何事もなかったかのように落ち着いた雰囲気で話しだす。


「服の着方がわからないのでしたよね。でしたら着付けてさしあげますから、じっとしていてください」


「……それはどうも、ありがとう」


 サクラはクロビスの言動の理由を知ることを諦めた。おとなしく彼に向かってからだを預けるように、両手を大きく広げる。

 てっきりもう少しくらい、からだに触れられるのかと思っていた。

 しかし、クロビスは手際よくサクラに服を着させてくれただけだった。


「こうして女性の服を脱ぎ着させるのはお得意なのかしらね」


「こう見えて私は医師なものですから。衣服の着脱の介助くらいできますよ」


「……なんだか介助と言われてしまうと、少しがっかりするのはなぜかしらね」


「残念ながら、私に人形を抱く趣味はありません。人形の着せ替えをする趣味もないはずなのですけどね」


 服を着せてくれたあと、クロビスはサクラの肩に手を置いた。

 そうして、じっくりとサクラのからだを上から下まで眺めたあとに、ぽつりと呟いた。


「……ヴァルカに仕立屋を呼ぶように言っておきます」


「あらどうして? 着せ替えしたくなっちゃったのかしら」


 サクラが意地悪く笑うと、クロビスは出会ってから何度目かわからないため息をついた。


「仕立屋には流行りの服を作るようにお願いするつもりですが、あなたからも採寸のときに直接つたえてください」


「……ああ、そういうことなのね。わかった、ご主人さまの意向だってきちんとつたえるわ」


 ヴァルカがサクラのために用意してくれた服は、どうやら古風なデザインらしい。

 サクラは鏡の前に立って、クロビスが着せてくれた服の裾をなびかせた。


「それにしたって、あなたは女性ものの服の流行りまで把握しているのね」


 想像していたキャラクター像からどんどんかけ離れていくんだけど、と続けそうになってサクラは口をつぐんだ。

 そんなサクラの様子を見たクロビスは呆れたように笑いながら、こちらに向かって手を伸ばしてくる。彼はサクラの頬に触れると、先ほどよりも丁寧に手を動かしている。


 サクラはまたひとつクロビスの意外な一面を知ることになったと思いながら、彼の気が済むまで好きにさせておいたのだった。


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