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第2話

 プレイヤーは初見時でも周回中でも、クロビスとの会話を終えたあと、基本的には街の方角へ向かって移動をはじめることになる。

 それはクロビスの台詞で街へ向かうように指示をされるからではあるのだが、森の中に寄り道する場所がないわけではない。


 暗礁の森の中には、遺跡や洞窟などのダンジョンが複数存在する。

 しかし、ストーリーには直接関係ないうえ、ゲーム最序盤のエリアに存在するダンジョンのため、アイテムや経験値のうまみが少ない。周回プレイヤーにとっては、一度攻略してしまえば立ち寄る理由がなくなる場所だ。

 ただし一か所だけ、暗礁の森から街へ向かう道中、周回プレイヤーのほとんどが立ち寄ると断言できる場所がある。

 それが、水たまりに囲まれた淡く光る大樹の挿し木があるところ、ファストトラベル地点である。


 サクラは初めてこの世界にやって来た日、クロビスと共に森を抜けてまっすぐに街へむかった。

 死にたくないという恐怖が頭の中を支配していて、森の中にあるはずの光る木を探そうという考えはまったく思い浮かばなかった。

 クロビスと出会った場所から最初の街までの最短ルート、そこからほんの少し逸れただけのところにあるというのに、あのときは欠片も存在を思い出すことができなかった。


「城の中のファストトラベル地点がゲーム内と同じ場所にあったんだもの。きっと暗礁の森にだってある気がする」


 サクラはゲーム内の記憶を頼りに森の中を進む。

 崩れ落ちた崖の残骸から数十分ほど歩いた頃、森の奥に光を放つなにかがあるのが見えた。

 森の中で光る存在など、大樹の挿し木以外にはない。サクラは歩みを早めて光に近づいていく。


「……それにしても、ヴァルカさんにこれを借りてきてよかったわ」


 今日のサクラは、胸にカメオをつけている。そのカメオをぎゅっと握ると、ほんの少しだけ熱を持っていた。

 ヴァルカから借りたそのカメオには、この地を支配していた偉大な竜王の姿が彫られている。これを身に着けていると、街周辺に住むモンスターがいっさい襲ってこなくなる特殊な効果が施されているのだそうだ。


「こんな便利なものがあるならゲーム内でも欲しかったな。この世界の人だけの特別なアイテムって感じでいいよね」


 さすがにかなり貴重な品ではあるそうなのだが、このカメオがあるだけで一人で森の中を散策する気力が持てるので助かっている。

 サクラはようやく森の奥で光を放つ大樹の挿し木の場所までやってきた。それは霧の濃い森の奥深く、寂れた廃教会の中に存在している。


「やっぱりあった」


 二週目以降の周回プレイヤーは、暗礁の森でゲームを再スタートするときは初期装備になってしまっている。それを最新装備に変更するためには、通常の装備変更と同じくファストトラベル地点まで行かなくてはならない。

 しかし、ゲーム再スタート時に最新装備に着替えるには、この暗礁の森のファストトラベル地点に限定されているのだ。


『ゲームクリア時の装備に着替えますか? YES ・ NO』


 周回プレイヤーが暗礁の森のファストトラベル地点である光る木に近づく。すると、コマンド選択の画面が出てくるのだ。

 もちろん答えはYES。それで初期装備の布の服から、ボタンひとつで最新装備に着替えることができる。


 しかしながら、現実となってしまうと、ボタンひとつとはいかないらしい。

 なぜかサクラがゲームクリア時に使用していた装備品たちは、光る木のまわりにぷかぷかと浮いている状態だった。


「まさか、三か月もずっとこうだったのかな?」


 領主の城に行ったとき、壁画のような扉にとつぜん描かれた装備品たちが目の前にある。


「どうしてここにあるのかとか、なぜ浮いてるのかなとか。深く考えたら負けな気がする。これはもうぜんぶ大樹の加護ってことで、いまは納得するしかないよね」


 大樹の信仰系魔法なんて使えないけど、とサクラは心の中で付け加える。

 ここにサクラがゲーム内で使用していた武器と防具、それからアイテム鞄まで揃っているのなら、やはり周回データを引き継いでいるという考えに間違いはないだろう。


 サクラは手を伸ばして愛用武器であったパタを手にとった。

 その瞬間、頭の中に武器の使用方法や、からだの動かし方が詳細に浮かんでくる。

 サクラはその場で剣を振るった。自然とパタを使った身のこなしができてしまい、衝撃を受ける。実際に身につけるのは初めてなのに、不思議なほどに馴染んでいる。


「……大樹の加護。適当に言ってみたけど、良い言葉かもしれない」


 これで戦うための最低限の備えはできた。


「王になるためじゃない。私は私の大切な人を守りたいから戦うの」


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