「いまの私にとって、重要なのは死なないこと。それから、誰も死なせないこと!」
サクラは机の上に並べたさまざまなアイテムの中から、必要最低限のものだけをアイテム鞄に詰め込んだ。
「持っていくのは回復系のアイテムだけでいい」
装備重量は少ないほど素早く動ける。早く動くことができれば、それだけ危険を回避できる。敵の攻撃に当たらなければ、死ぬことはない。
サクラはアイテム鞄の中に入れて持っていくアイテムを、回復瓶5本と決めた。
これがもしゲームの中の話であれば、周回を重ねたサクラの現在の状態では十分すぎるほどの量と言える。
「本当はこんなになくてもこの街の攻略ぐらいできるはず。だけど、いまは攻略しにいくわけじゃないから。これが誰かの役に立てばいいの」
最後のひと瓶をアイテム鞄に詰め込んで、サクラは自室の扉を開ける。
すると、扉を開けた先に心配そうな顔をしたヴァルカが立っていた。
「まあまあ、その格好はどうされたのですか?」
「……えと、これは……」
「まさか、まさかサクラ様は
「そっか、この格好って」
この世界には「流浪の民」と呼ばれる者が存在する。
どこにも定住せず、芸や商売をすることで金を稼ぎながら諸国をまわる者たち。
旅の踊り子装備のフレーバーテキストにも書かれていたことを、サクラはヴァルカの言葉で思い出した。
「そうでしたのね。だからあまりご自分のことをお話ししてくださらなかったのですか」
流浪の民は定住しない。そのため、どこの国にも属していない。
戦時中のいまは、食料と金を奪うにはちょうどよい標的だった。
流浪の民は常に移動しながら生活をしているため、常備軍を持たないのだ。
身を守るための戦力がない流浪の民は年々数を減らし、いまではほとんどみかけない一族になってしまっている。
「色とりどりの美しい花々と共に、あたたかな季節を知らせる巡り神様の眷属。サクラ様はその生き残りだったのですね」
かつては季節の変わり目に、それを知らせる踊りを各地で披露していた美しい踊り子たち。
ゲーム開始時点のこの世界では、すっかり貴重な存在となっているのだそうだ。
『春は国を巡る
あたたかな風と
野に咲くいろとりどりの花々
踊り子は春を届ける
廻る
あなたに届くまで
鈴の音が終わらない』
サクラの頭の中に、旅の踊り子装備のフレーバーテキストの一文が浮かぶ。
「ああ、私たちに春を届けに来てくださったのですね」
ヴァルカがさめざめと涙を流しながら、サクラに向かって手を合わせてくる。
本当は流浪の民ではないのだと伝えるべきか。
いや、いまはあえて伝える必要はないだろう。
サクラが流浪の民であるという、ヴァルカの勘違い。クロビスが考えた稀人であることを隠すための嘘とも、絶妙に合っているような気がした。
ならば、このまま勘違いさせておくほうが無用なトラブルを防げるのではないか。心は痛むが、しかたがない。サクラは気持ちを割り切って、ヴァルカの手を両手で包み込んだ。
「ええ、そうなの。あたたかな季節を、平和を届けたいの。だから、クロビスのところへ行ってくるね」
サクラがそう言うと、ヴァルカは深く頭を下げてきた。
「どうかお気をつけて、いってらっしゃいませ」