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第6話

 まずは屋根の上に登れるか確認してみよう。

 そう考えたサクラは、玄関を飛び出してすぐにクロビス邸の屋根の上に飛び乗った。

 昨日はできなかった、高い場所から周辺の様子を確認するという手段を、実行に移したのである。


「……もしかしたら簡単にできそうだなとは思っていたけど、本当にできちゃったな」


 サクラは屋根の上から、街の様子を眺める。

 城ほどの高い建物ではないが、それでもクロビスの屋敷は大きい。この街のメイン通りの様子は、しっかりと窺うことができた。


「さっきの鐘の音で、街の住民たちは家の中に避難したのね。兵士の姿はちらほらあるけれど……」


 基本的に、ゲーム内ではプレイヤーキャラクターは壁をのぼることができない。

 それどころか、一見すると障害物はないように見えても、見えない壁が存在していて、先に進めないこともあった。

 それはゲームというものの性質上、しかたのない部分である。開発側が作り込んでいる要素の中でしか遊べないのは、当然のことだ。

 一部の上級魔法で浮遊することはできるが、建物の屋根の高さほどのぼることは、ゲーム内ではどうやっても無理だった。

 都合よく梯子が用意されている場所以外、プレイヤーが屋根の上を探索することは不可能なのである。

 だから屋根の上という高い場所へ行くために、壁をよじ登るという発想がすぐには出てこなかったのだ。


「これは現実だからできることよね。その気になれば壁くらい平気でよじのぼれるわ」


 ゲーム内での負けイベントは、この街のメイン通りを進んでいると起きる。

 サクラはてっきり、襲撃してきた稀人はこの通りで戦っているものだとばかり思っていた。


「通りに兵士の数が少なすぎる。それに、昨日の襲撃でまだ街の中は荒れ放題で復興作業中だったはずだよね……」


 稀人の姿が見当たらない。

 それどころか、兵士の姿もほとんどない。

 稀人の襲撃を知らせる鐘の音が鳴ったというのに、先ほどまで街の中で戦っていたという雰囲気がまったくないのだ。


「まさか、防衛ラインを城の方まで下げた?」


 サクラは慌てて隣家の屋根に飛び移った。

 そのまま次から次へ隣接する家の屋根に移動して、城の方角へ向かう。


「やっぱり、昨日の戦闘のせいで街の中での迎撃体制が整えられないって判断したんだ。城へ近づくにつれて……」


 おそらく稀人と戦って敗れたのだろう。

 ちらほらと兵士の遺体が、通りに転がっている。苦々しくそれを確認しながら、サクラは城へと急いだ。


「だけど、どうして負けイベントが起きてないの?」


 サクラの頭の中に、嫌な考えがよぎる。

 その考えがあり得ないことではないと否定できないことが苛立たしい。


 ──迎え撃つ側の準備が整っていないから、イベントの発生条件が満たせていなかった。


 サクラの背筋に冷たいものが走る。

 負けイベントを回避するにはどうしたらいいのか。そう考えて検証を重ねた上で襲撃を実行しているプレイヤーがいるのではないか。


「もしもそんなプレイヤーがいるのなら……」


 サクラはそこまで口にして、頭を横に振った。

 ベルヴェイクと出会ったことが衝撃的すぎて、なにもかもが奴の企みだと疑ってしまっていた。

 自力でこの答えにたどり着いて実行しているプレイヤーがいるとしたら、手強い相手であることは間違いない。


「いいえ。なんであれ、私は守りたい人を守るだけ」






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