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第7話

 サクラは屋根の上を全速力で移動した。

 足には自信がある。あっという間にもうすぐ城門だというところまできて、地面に倒れている兵士たちの中に、知った顔を見つけてしまった。

 サクラは足を止めると、屋根の上から地面へ飛び降りた。


「ねえちょっと! あなた大丈夫⁉」


 倒れていたのは、昨日サクラを家に送り届けてくれた兵士だった。彼のそばには、ひしゃげた兜が転がっている。

 それが、敵対者の強さを物語っていた。ここでどれほど激しい戦闘があったのか、ありありと伝わってきた。

 しかし、兜を吹き飛ばしてくれたおかげで顔が見えた。倒れているのが知り合いだと気づけたことにだけは、襲撃者に感謝をしてやってもいい。


「……サクラ、さん。私に、近づかないほうが……」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


 サクラは兵士に駆け寄った。

 血の海の中にいる彼は、もう虫の息だった。


「……本当に、わたしは、もう……」


「大丈夫だから。喋らないで!」


 兵士はもう自分自身の死を覚悟している。稀人による致命傷を受け命を失う自分から離れるように、サクラに訴えてくる。


 サクラはそんな兵士の警告を無視した。彼の真横に座り込んで、アイテム鞄の中に手を突っ込む。


「……この回復瓶。ゲームの中で使用するを選択すると、口につけて飲むモーションをしていたよね。それってさ、飲まなきゃ効果がないってことであってるよね?」


 サクラはゲーム内での回復瓶の使い方を思い浮かべながら、自分に問いかける。目の前の兵士は、いまにも息絶えてしまいそうだ。

 迷っている暇なんてない。サクラは取り出した回復瓶の蓋を開けた。

 兵士はサクラを遠ざけようと、気力を振り絞って手を動かしている。サクラはそんな彼の手を片手で優しく握り込む。


「お願いだから、これを飲んで。大丈夫だから」


 サクラはもう片方の手で、兵士の口元に回復瓶を押し当てた。

 しかし、彼はサクラがこの場から動かないことを悟ると、自ら離れていこうともがきだす。ジタバタあばれてしまって、うまく薬を飲ませられない。


「大丈夫だって、これ回復薬だから! それもかなり上級のやつ」


 そうサクラが言い聞かせても、瀕死の重症の中でなんとか意識を保っているような状態だ。兵士にはサクラの言葉が届かない。

 そうこうしているうちに、サクラは蓋をあけた回復瓶を地面に落としてしまった。

 瓶が音を立てて転がり、中身が地面に吸い込まれていく。


「……人命救助だからね!」


 これは命を救うためにする行動だ、サクラは兵士に向かって強く訴えかけた。


「恋人とかいたってさ、我慢してよね。助けた側がセクハラで訴えられるとか、そういうのは勘弁してね!」


 サクラはもう一本、アイテム鞄から回復薬を取り出す。

 蓋を開けて中身を口に含むと、空になった瓶を地面に勢いよく投げ捨てる。 

 サクラはもがく兵士の頭を両手で押さえつけた。そのまま口移しで、無理やり回復薬を飲ませる。


「…………ね? 大丈夫だったでしょう」


 兵士の傷はあっという間に治った。

 彼は驚いて、何度も自分のからだに手を当てて目を丸くしている。


「……っそんな、魔法ではないのにこの回復力。どう、して?」


「だから、上級のやつって言ったじゃない」


 ラスボス相手に持っていく回復薬だ。

 上級アイテムに決まっている。


「そんな貴重な品を私なんかに!」


「大丈夫! わたしね、調合は得意なんだ」


 なにせ調合スキルをカンストしてますから、とは口には出さない。

 ゲームではアイテム制作にキャラクターのステータスやレベルは関係なかった。

 作りたいアイテムの調合書さえ手に入れば、どんなアイテムも作成できる。

 取得可能アイテムを全て入手するという実績を解除しているサクラに、アイテム制作調合書の抜けはない。


「感謝しているのなら、いますぐにあなたをそんなふうにボロボロにした稀人の特徴を教えて。早く!」


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