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第5話

 サクラは重心を落として、武器を構える。

 限界まで引き絞られたバネがいっきに弾けたようだった。

 こんな動きができることを、武器を手にするまでどうして忘れていたのだろうか。

 鍛え上げられた筋肉、細胞の一つ一つの動きが、はっきりと理解できる。


 サクラは魔法使いの男が立っている場所まで、あっという間に距離を詰める。

 魔法使いの男は目の前に迫ってきたサクラを見て、ぴくりと眉を動かした。唱えていた詠唱をすぐさまキャンセルすると、先ほどと似たような青白い火球を繰り出す。男はサクラのすばやい動きに驚きはしたものの、想定の範囲内の行動ではあったのだろう。サクラの動きを見てからの対応が早かった。


 サクラは魔法使いの男が取った行動にはかまわず、武器を構えたまま突っ込んだ。

 しかし、サクラの持つ剣の先が火球に近づいた途端、軌道がそれてしまう。


「とっさに無詠唱で重力弾を打ってくるとか。わかってはいたけど、対人用の近接対策はばっちりなんだねえ」


 サクラの実力を知るために使用した火球とは違う魔法だ。サクラはすぐにその正体が重力魔法であることを見抜いた。

 なぜなら、遠距離戦闘を得意とする魔法使いが、近接戦闘に持ち込もうとする戦士に対して、そうさせないために使う魔法としてはありがちな選択のひとつだからだ。

 火球の周囲には強力な力場が発生しており、近づくと重力に絡めとられてしまうのだ。


 やっぱり持久戦か、サクラは心の中でため息をつく。

 サクラの構えていた剣は、ふたたび魔法使いの男が着ているローブを切り裂いただけだった。


 魔法使いの男は繰り返し重力弾を放ちながら、サクラと距離をとるために、少しずつ後ろに下がっていく。

 大きく距離さえ取ることができたならば、高火力の大魔法を詠唱する時間が作れると考えての行動だろう。

 そんなことはわかりきっているので、サクラは飛んでくる重力弾をいなしながら、男との距離をジリジリとつめていく。


 ──離れすぎると大魔法の詠唱時間を与えてしまう。だからって、対人慣れしている相手に近づきすぎるのも危ない。なら、このまま中距離を保って魔力を消費させつつ、近づける隙ができるまで待つのが一番!


 サクラが丁度そんなことを考えていたときだった。

 魔法使いの男が連続して放つ重力弾が、一瞬だけ止まった。

 魔法とて万能ではない。連続して使える回数には限度がある。


 サクラは待ってましたと言わんばかりに、距離を詰める。

 魔法使いの男に近づきながら、両手に持った剣の刀身をスッとこすり合わせた。

 すると、サクラが右手に握っている剣の刀身が、どこからともなく生えてきた草の蔓に包み込まれる。

 その草の蔓の先に蕾が膨らみ、あっという間に花が開いた。剣の周囲には光る花と、どこから現れたのか美しい蝶々が舞っている。

 これはパタを信仰派生させた場合にのみ使える特殊攻撃時に発生する演出だ。

 この状態のパタでの攻撃は、どんな武器や魔法を使ってもガードすることはできない。重力弾での軌道そらしも不可能だ。


 筋力をカンストさせているサクラは、物理攻撃力しか突出してステータスが上がっていない状態だ。

 その分、相手の体力を大きく削る火力の高い物理攻撃を行えるが、魔法攻撃や状態異常攻撃に対する耐性が低い。

 それを補うため、武器を鍛える際に武器自体の信仰ステータスをあげた。武器に信仰属性を付与させたのだ。

 武器を信仰派生させたおかげで、魔法攻撃をガードすることが可能になり、信仰補正の付与された特殊攻撃を行えるようになっている。



「────ッぐ、クソが!」


 サクラは魔法使いの男の顔面めがけて剣を突き立てた。

 しかし、剣は男のからだに触れることはなかった。

 突如、男の顔の前にあらわれた小さな木の枝に阻まれて攻撃が届かなかったのだ。


「冗談じゃねえぞ。こんなところで貴重なアイテムを使っちまうなんて!」


「……大樹の小枝か。やっぱり持ってたわね」


「てめえ、マジで許さねえ!」


 パタの信仰派生による特殊攻撃。

 これはあらゆる武器や魔法を使っても、ガードをすることができない。

 しかし、唯一この攻撃を無効化できるアイテムが存在する。


 それがだ。

 命を落としてしまうほどの攻撃から、たった一度だけプレイヤーキャラクターを守ってくれる大樹の加護だ。


「これ一周で一つしか手に入らない貴重なアイテムだぞ! もう手に入れられないのに、どうしてくれんだよ」


 魔法使いの男が、いまにも泣き出しそうな顔で訴えてくる。

 一回だけ命を救ってくれるレアアイテム。

 今まではこれがあるからこそ、強気な態度でいられたのかもしれない。


「大樹の小枝がなければアナタは死んでた。だったらもう、私の勝ちってことでいいじゃない。もう戦うのはやめよう?」

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