魔法使いの男は、目に涙をためている。くしゃりと顔を歪めて、今にも泣きだしそうな様子でサクラを睨みつけてきた。
「……あれ、もしかして私が思っていたよりもずっと若い子なのかな?」
目の前にいる魔法使いの男。
見た目だけで素直に判断してしまうのならば、二十代後半から三十代前半ほどの年齢に見える。
しかし、彼もプレイヤーならばサクラと同じくアバターの姿で転生していると考えるべきだ。
「……このゲームのレーティングの区分って、どうなってたっけな。自分がとっくに引っかかる年齢じゃないから、あんまり気にしていなかったな」
とうとうぽろぽろと涙をこぼし始めた魔法使いの男を見て、サクラはどうするべきかと困惑してしまう。
男は悔しさからか、強がっているのか、肩を怒らせて睨みつけてくる。凄味を利かせているつもりなのだろうが、サクラには親とはぐれてしまった哀れな子猫にしか見えなくなってしまっていた。もう大丈夫だから安心してと声をかけながら手を伸ばしているのに、全身の毛を逆立てて威嚇してきているような、あの感じだ。
──まあ、全年齢対象ってわけはないと思うから、レーティングはDくらいの区分かな。やば、だとすると17歳の可能性があるから、私って未成年を泣かしたかもしれない?
ゲームソフトには、年齢別にレーティングが実地されている。
A・B・C・D・Zとアルファベットで区分されており、上から全年齢対象・12歳以上対象・15歳以上対象・17歳以上対象・18歳以上のみ、と分けられている。
ただし、各年齢の区分評価はゲーム自体の難易度ではなく、あくまでもゲーム内における表現方法を示しているだけであり、法的に拘束されるものではない。該当しない年齢の者がプレイしても罰せられることはないのだ。
「ご、ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだけど、悔しかったよね」
目の前にいる魔法使いの男の年齢が、未成年であるとはかぎらない。
しかし、サクラにはもう男が子供にしか見えなくなっていた。つい親戚の中高生に接するときのように、優しく声をかけてしまう。
魔法使いの男はそんなサクラの声かけに、かあっと頬を赤らめた。馬鹿にされたとでも思ったのかもしれない。
男は、涙を拭うと再び杖を構えてサクラを睨みつけてきた。構えた杖の先がわずかに光を帯びたのをみて、サクラは男が魔法を発動させる前に動いた。
握った剣の先を、男の喉元につきつける。
サクラの両手に握った剣の刃が、男の首をすばやく挟み込んだ。サクラの気分次第で、男の首は胴体と離れることになるだろう。
「この距離じゃ、まずあなたに勝ち目はないと思う。おとなしく引く勇気を持つのも大事だよ」
「こんの脳筋がっ!」
魔法使いの男は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、杖をおろした。
それを確認して、サクラも両手をおろす。
魔法使いの男は、死を免れた安堵からか深く息を吐いた。
しかし、男は自分が身に纏っているローブの裾を掴むと、舌打ちをする。
「──ああ、クソがっ! これ、しばらく取りにいけないってのによ。ボロボロにしやがって」
「そりゃ残念ね。針仕事は苦手なのかしら?」
サクラはヴァルカに指導された花嫁修行を思い出して苦笑いをする。
「装備品の修理とかって、ただ縫えばいいってわけじゃねえだろ絶対。つか、これを直せるNPCとかどっかにいんのか?」
「……うーん、そうね。街の鍛冶屋の人に相談とかしてみたら、どうにかなるものかしらねえ」
魔法使いの男が身につけている古典的な魔法使いの装い。
ゲーム終盤、メインストーリー攻略には必須ではないNPCのイベントを完了すると、報酬としてゲットできるものだ。
つまり、なかなかのレア装備である。
「できたとしても、このあたりの街じゃ無理だろ」
「そうねえ。その装備だとせめて
魔法使いの森とは、ゲーム中盤で出てくる地域だ。
伝説的な魔法使いが隠居しているという噂があり、その周辺には魔法使いの住む村などがある。
「気になるならさ、行ってみたらいいんじゃないの?」
「テキトーなこと言ってんじゃねえぞおばさん。ゲーム内では装備品を鍛えることはできても、修理なんてシステムなかったじゃん」
「おばさんとは随分だなこのヤロー。でもさ、ここがゲームじゃなくて現実である以上は、装備品のメンテナンスは必須事項になってくることだと思うけど?」
サクラがそう言って肩をすくめたとき。
魔法使いの男が杖を持っていた手とは逆側の手で短剣を取り出した。
彼はまっすぐにそれを横一閃にふる。
──ガードは、間に合わない!
サクラはからだを反らせて短剣の一撃を避けた。
しかし、旅の踊り子装備の袖の部分が、パックリと切れてしまう。
「はは! これでお前の装備もボロになっちまったな」
「……しょうもないことするなあ」