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第7話

 サクラが短剣の攻撃を避けるために、反っていたからだを元に戻したとき。

 魔法使いの男は、サクラから距離を取ろうとバックステップをしている最中だった。


「……そっか、まだ戦うことを諦めてくれない感じかな」


「まいりました、なんて言った覚えないけどな」


「たしかに言ってないね。油断しちゃったかもっ──⁉」


 サクラが言い終えるよりも先に、重力弾が飛んでくる。


 大樹の小枝は、ゲーム内では一つしかアイテム鞄の中に入れて持ち歩くことはできなかった。

 そもそも、一周で一つだけしか入手できない希少なアイテムだ。ここがゲームではなく現実であることを考慮すると、もう入手することができない可能性は高い。

 もしゲームとは違って二つ以上を持ち運べるとしても、複数を持ち歩くにはリスクが大きすぎる気がする。


 ──きっともうこっちの攻撃を完璧に防げるアイテムは持っていないはず。なら、パタの特殊派生攻撃を当てられる間合いにさえ入れれば、相手の体力は削りきれると思う。だけど……。


 サクラは飛んできた重力弾をジャストガードする。

 そこからモーションをつなげて攻撃に派生、ガードカウンターを決めた。


「──っぐう! この距離で攻撃が届くのかよ」


「届いちゃうんだなあ。まだ信仰属性の特殊効果が切れてなかったから」


 ちゃんと見なきゃだめだよ、サクラはそう言いながら、右手に握っているパタを魔法使いの男の前に突き出した。

 その瞬間、刃の部分に巻きついていた草の蔓が枯れて、砂のようにサラサラと崩れ落ちる。剣の周囲を飛んでいた蝶々も、どこかへと飛び去っていった。

 属性を付与させた武器による特殊攻撃は、効果を発動させれば永続的に使えるというわけではない。

 90秒間という制約はあるが、ここぞというときに使うには十分すぎる時間だ。


「──クソクソクソクソ! その武器を信仰派生させて使ってる奴なんか見たことねえっつの!」


「ええ、なんでよ。お花と蝶々でかわいいじゃない?」


「アホみてえな属性派生させやがって! おまえ、ふざけんじゃねえぞ!」


「たしかにマッチした相手にってバカにされたことはあったけどさ。私は真面目にビルド組んでるのにな」


「……いってえ、マジで痛い……。絶対に許さねえからな……」


 ガードからカウンターへ繋がる派生攻撃を使用すると、スタミナを大幅に消耗する。

 だが、成功させると通常の剣の攻撃よりも威力が強くなり、射程も伸びる。その上、サクラのパタは信仰属性の特殊効果を発動させていた状態だった。


 通常のガードカウンターの場合、1.5倍射程が伸びる。

 しかし、武器の特殊効果が発動中にかぎり、通常時の2倍の長さが攻撃射程となるのだ。

 バックステップで魔法使いの男との距離は多少あったものの、十分に攻撃の届く範囲だった。


「悔しかったのはわかったからさ。たぶんね、ゲームのときと違って、あんまり血を流しすぎるのはよくないと思うのよね」


 サクラはガードカウンターで魔法使いの男の右肩を剣で貫いた。男が右手で杖を持って魔法を行使していたからだ。

 もしゲームならば、確実に急所を狙っただろうが、人殺しなんてことはできればしたくはない。杖が持てなくなれば、戦意などすぐになくなるだろうと思っての行動だった。


「……うう、痛い……。なんでこんなに痛いんだよー……」


 魔法使いの男が涙声で訴えながら、がくりと地面に膝をついた。

 男の右肩からは大量の血が流れ出ている。右手はぶらりとしていて、なんとか繋がっているという状態だった。

 自分でやったこととはいえ、サクラは目を背けたくなってしまう。


「あなた、回復薬は持っていないの?」


「……俺がここに来て、もう、一年だぞ。そんなのは、とっくに使い切った……」


「一年もここで暮らしていたの? じゃあクラフトする時間だってあったんじゃないの?」


「……材料を、取りに行くのだって……、命がけだろうが。だったら、回復魔法の方が安全、だからな……」


「それもそうね。魔法職ならその方が安全かもしれない」


 サクラは魔法使いの男の言い分に納得して、剣を鞘にしまう。

 男は息も絶え絶えに話している。戦意を喪失させる、その目的はすでに達していると判断した。


「私はね、ここに来てまだ3か月なんだ」


 サクラは魔法使いの男の前にしゃがみ込むと、アイテム鞄の中に手を入れた。


「できたら死にたくはないの。先輩としてこの世界の話を聞かせてもらいたいなと思うのだけど、どうかな?」


 魔法使いの男はサクラの問いかけに、怪訝そうな表情をして見上げてきた。

 だが、右肩が痛むのか、すぐに下を向いてため息をつく。


「…………っかな、た。俺の名前、奏多かなたって、言うんだ……」


「そう、奏多くんっていうのね。もしかして日本人? このゲーム、日本の会社が作ったやつだったもんね」


 名前を聞いた途端、親近感がわいてしまう。

 サクラは回復瓶の蓋をあけて、奏多の口元に押し当てた。




 次の瞬間、目を開けていられないくらい眩しい光が辺りを包む。

 腹部に激痛が走り、サクラは目を見開いた。


「さすがにゼロ距離で魔法を発動させたら、ガードも回避も無理っしょ」


 サクラの攻撃による右肩の怪我が治った奏多が、ニヤニヤ笑いながら立ち上がる。


「マジでおばさん油断しすぎ。さっきから何度も俺のこと殺せたのに見逃してさ」


 奏多はサクラのからだに突き刺さっている杖を、ゆっくりと引き抜いた。

 杖の先端が青白く輝いている。

 彼はサクラの首筋に杖の先端を押し当てて、声をあげて笑う。


「あはははははは! さっき回復瓶は残り一本って言ってたよなあ」

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