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エスペランド動乱記 和平を望む最弱無能の軍師は、復讐に燃える姫騎士を甘やかに飼い慣らす。
エスペランド動乱記 和平を望む最弱無能の軍師は、復讐に燃える姫騎士を甘やかに飼い慣らす。
柚月ひなた
異世界ファンタジー戦記
2025年01月07日
公開日
6,140字
連載中
 戦火に揺れるエスペランド大陸では、女神ルクスを崇める魔術と騎士の国アドラシオン皇国と、 魔獣を操る猛獣使い≪テイマー≫の国サンクリッド王国が激しく対立していた。  皇国の軍人ナイトは、魔術・武芸に才がなく、飄々と軟派な性格も相まって「最弱」「無能」と蔑まれている。  彼が隊長として率いる小隊「ヴェイン」も、訳アリの隊員で構成された〝お荷物部隊〟と認知されているが──。  その実態は、蔑称を隠れみのとした、皇国の第一皇子スレイン旗下の特殊部隊。  そしてナイトは、復讐に燃えた過去を悔い、罪を背負いながらも「恒久和平」実現のため暗躍する軍師である。  そんな彼が、スレインと共に戦場で見つけたのは一輪の華。  王国への復讐心を燃え上がらせて狂い咲く、エリート女騎士エレノアだ。  「憎しみは憎しみを呼ぶ」と学び無能を装うナイトと、「両親の仇を討ち、弟を守る」と誓いひたすらに刃を振るうエレノア。  出会った二人は、相容れぬ思想ゆえに衝突を繰り返しながらも、次第にお互いを知り、心に踏み込んでゆく。  果たして二人の行き着く先は破滅か、それとも新たな光か──。  剣と魔術、知略の織り成す戦記ロマンスファンタジー、いざ開幕。  ※GW中は毎日0時に更新予定

第一話 戦場の華と策士の謀

 エレノアは戦場を駆ける。

 視界には、重々しく立ち上る焦熱しょうねつ狼煙のろし

 焼け焦げた獣の毛と血の臭いが鼻孔を刺激し、兵士の悲鳴、猛獣の咆哮が耳朶を震わせた。


 ここは、アドラシオン皇国とサンクリッド王国の国境付近。

 両国の衝突は年々激化し、今もなお小競り合いが頻発していた。



「リュミエール隊長、これ以上は危険です!」



 部下の呼び止める声が背後で聞こえたが、エレノアは振り返らない。

 纏った白銀の鎧は敵兵の血に染まり、泥に塗れ、手にした剣も傷み始めている。

 それでも、前へ進むことをやめなかった。



(王国の兵も、魔獣も……残さず殲滅する──!)



 鞭の音を合図に何匹もの灰狼ガルムが襲いかかる。

 サンクリッド王国の兵、魔獣使いテイマーの使役する魔獣は凶暴で、皇国兵を容易く食いちぎる危険な存在だ。

 だが、エレノアは迷いなく剣を構えた。



「はああぁッ!」



 勢いよく踏み込み、狼の首を刃先で断つ。

 血飛沫が舞った。耳の奥で絶え間なく断末魔が響く。

 けれども、復讐心に突き動かされたエレノアには、罪悪感を抱くいとまはなかった。


 剣を振るう度、脳裏に焼き付いた情景が蘇る。


 幸せそうな父と母の笑顔。

 そして──焼き払われた家と、剣に貫かれた父の姿。



(許さない……!)



 王国への恨みがエレノアの剣を研ぎ澄ましてゆく。

 ある意味〝戦いこそが生きる糧〟であった。


 エレノアが本隊から離れてさらに突撃をかけたことで、周囲の皇国兵は追随をためらっているようだったが、構わず斬り込んで行く。



『リュミエール少尉、突出しすぎだ! 下がれ!』



 身に付けた通信の魔道具リンクベルから指示が飛ぶが、エレノアは聞き流して鼻を鳴らした。



(どうせ、あの指揮官は守りばかり考えて前進しない。弱腰はたくさんだ!)



 荒れた平野の中央で、エレノアは敵陣深くへ。

 鮮血と土埃が混じり合う中を、無我夢中で突き進み──気付けば、いつの間にか四方を敵兵と猛獣に囲まれていた。



「一人とは……蛮勇だな、皇国の女騎士」


「ここで仕留めれば手柄だぞ、囲め! 魔獣を一斉にけしかけろ!」



 鞭の音を合図にひときわ大きな魔獣、炎獅子ラーヴァが唸り声を上げて牙を剥いた。

 刹那の内に、鋭利な爪を立てた前足がエレノアを襲う。

 身をよじったが、避け切れなかった爪が鎧を掠め、鋭い痛みに息を詰まらせる。



「──ッは、ぐっ!」



 死角から灰狼ガルムが迫り来る。

 さばき切れず幾つもの牙が突き立てられ、焼けるような痛みの中で感じる死の影に、エレノアは弟リヒトの姿を思い出した。


 守りたいと願う存在。憎しみに囚われた自分に笑顔を傾けてくれる唯一の存在。


 自分が死ねば、残された弟はどうなるか──。


 思考して、エレノアは奥歯を食いしばる。



(まだだ……これくらいで……止まれるわけがない……。私は王国を倒す、リヒトを守る! そのためには、どんな手段だって……!)



 息が切れて、視界が霞んでいる。

 周囲に味方の姿はなく厳しい状況だが、エレノアは諦めず剣を水平に払って魔術の文言をうたう。



『女神ルクスよ、我に汝の加護を──閃雷纏舞エレクト・アヴェント!』



 信仰する神の名の元、奇跡は成った。

 紫電の宿った剣を薙ぎ払えば、閃光を纏った刃が地面を抉り、駆ける稲妻の衝撃波が包囲網の一角を焼く。


 攻撃の緩んだ隙に、エレノアは一瞬で間合いを詰め、敵兵の喉元を斬り裂いた。



「くそ! たかが女騎士一人に……!」


「いけ、殺せ!」



 鞭の音が二度、三度、響き渡る。

 また、魔獣がやって来る合図だ。

 エレノアは体勢を整え、敵を視界に捉えると睨みつけた。



(諦めない。止まらない。私は、絶対に!)



 如何に絶望的な状況であろうと、誓いを果たすまでは、と。

 強く思った瞬間、胸元で揺れる形見の指輪が熱を持って煌めいた。



「おい、どうした!?」



 唐突に、焦りの滲んだ猛獣使いテイマーの声が響く。

 牙を剥いていたはずの魔獣が、尻尾を丸めて委縮しながら後ずさっている。

 怯えているようにも見える。


 指輪の煌めきと関係あるのだろうか。



(……わからないが、ここが好機だ)



 エレノアは重くなった身体を執念で動かす。



「──ああああ!!」



 腹の底から声を上げて、エレノアは剣を振りかざした。

 数の優位を笠に、猛々しかったはずの兵が恐怖に顔を歪めている。


 奪われたものは戻らない。


 そうと知りつつも、エレノアは復讐の刃を振るい続けた。

 一帯に彼岸の花が咲き乱れ、撤退の音が鳴り響くまで──。




❖❖❖




 ナイトは王国との国境線に築かれた城壁の上で、望遠筒越しに戦いを俯瞰していた。


 覗き込んだ先に見ていたのは、白銀の鎧を纏った一人の女騎士。

 カチューシャのように三つ編みで編み込んで纏めた、珍しいピンクブロンドの髪。

 神秘的な淡い紫に黄金の彩りが差し込んだ紫黄水晶アメトリンのような瞳。


 一度見たら忘れらない色彩を持つ彼女は、無謀にも単騎で敵陣のど真ん中へ飛び込み、満身創痍になりがらも状況を逆転して生き抜いた。



「あれがスレイン殿下の仰っていた〝戦場の華〟ですか」



 ナイトは望遠筒から目を外して、並び立つ青年──アドラシオン皇国の第一皇子スレインへ問い掛けた。



「そう、美しいだろう? まるで狂い咲きの一輪だ」



 彼はまるで愉快な遊びを見つけた子どものように、深い青色の菫青石アイオライトの目を輝かせて、眼下を望んでいる。



「確かに。ですが、あれは猛毒を孕む花ですよ」


「フフ、毒こそ美しい。扱い方次第で、最強の兵器になると思わないかい?」



 どこか楽しげなスレインの声を聞きながら、ナイトは頭の片隅に眠る〝彼女〟の記録を呼び起こす。



「……エレノア・リュミエール、か。父親を王国軍に殺された過去を持ち、父親の仇を討ち、弟を守るために復讐を糧としている。名門貴族の血筋とはいえ、彼女があれほどの力を持つ理由は何でしょうね」


「勿体ぶるじゃないか、軍師殿。君はなんでも知っているのだろう?」



 口角の端を吊り上げたスレインが、ナイトへ視線を向けた。

 全てを見透かす様な瞳だ。


 ナイトは「さあ、どうでしょう」と肩をすくめて濁す。

 そして、思わず視線を逸らした先で、城壁を警護する皇国兵の一人と目が合った。


 彼は慌てたように背を向け、小声で仲間に囁いている。



「(あの銀髪頭、最弱無能のナイトだろ? 放蕩皇子──じゃなくて、スレイン殿下と一緒に何しに来たんだ? ここじゃ派手な女遊びも出来ないだろうに)」


「(馬鹿、聞こえたらどうするんだ。皇族に取り入るのが上手いとか、裏で何かしてるとか、いろいろ噂があるんだぞ)」


(……聞こえてるけどね)



 しかし、ナイトは彼らの囁きを留めず、鋸壁きょへきに手を置く。

 そう呼ばれ、そう扱われる事には、慣れている。


 すると、くすくす、と隣から笑い声がこぼれた。



「〝無能〟に〝放蕩皇子〟か。お互い酷い言われようだね」


「まあ、俺に無能の烙印を押しておきたい連中がいるのは事実です。それで油断してくれるなら好都合──と、考えていますよ。殿下だって同じでしょう?」


「そうだね。余計な権力争いの火種を作る必要はない。私たちは水面下で粛々と準備を整えるだけさ」



 スレインは無邪気な笑顔を浮かべる。

 この笑顔の仮面の下に隠された本性を知るのは、ごくわずかだ。



「……それより殿下、あの花をどうしたいのですか? 下手に摘み取れば、こちらが毒に侵される危険もありますよ」



 スレインは口許に手を当て、視線をエレノアへ向ける。



「私たちの計画に引き込めないかと思ってね。彼女が王国を深く憎んでいるのは好都合だし、卓越した剣技と魔術、さらには絶体絶命の状況で見せたあの〝力〟……どれも非常に魅力的だ。私はあの花をどうしても手中に収めたい」


「獣を惑わす力……〝魅了セデュイール〟とでも呼びましょうか。実力は申し分ないですが、復讐心で動く人間は脆く、危ういものです」



 ナイトは眉をひそめた。かつて自分も、憎しみに囚われていた過去がある。

 過ちを経て〝争いを無くしたい〟という理想を胸にいだいたが──忘れ得ぬ傷が疼く。


 彼女のかかえる炎の恐ろしさを理解しているからこそ迷いが生じた。



「ナイト、君の望みは恒久の和平なんだろう? そのために私の配下となり、この国を、ひいては大陸全体を動かす意志を持った……違うかい?」



 小首を傾げ、挑発的に問いかけるスレインに、ナイトは小さく息を吐いた。


 皇子である彼が求めるのは〝ただの勝利〟や〝領土拡大〟ではない。

 もっと大きな、世界規模の変革だ。


 ナイトはそれに賭ける価値を感じたがゆえに、〝無能〟の烙印を逆手に取って、傍で策を練る道を選んだ。



「その通りです。俺は殿下と志を共にすると決めました」


「ならば、出来ないとは言わないよね。彼女はチェスでいうクイーンにふさわしい。縦横無尽に動き、戦局を一変させられる最強の駒だ。君の手で育て上げて見せてよ」



 鋸壁きょへきに肘を付き、スレインは含み笑いを浮かべた。

 彼は、こうと決めたら譲らないし、その慧眼けいがんはナイトも一目置いている。



「……ご命令とあらば。ご期待に沿えるよう、尽力します」


「ふふ、期待しているよ、ナイト。君の隊に彼女を引き込む手筈は、私が整えておこう」



 満足げに笑みを深めたスレインに、ナイトは瞼を伏せて礼を取った。


 戦場からときが聞こえて、ナイトは再度、城壁の下へ視線を送る。

 退却する王国軍と、それを追撃するエレノアの姿が遠目に映った。


 彼女の姿は一見、勇ましく見えるが、簡単に手折れてしまいそうな危うさがある。



(けど、その危うさを克服し、昇華できたとしたなら……)



 ──彼女は真の高みへと至るだろう。

 自分たちの理想と共に。


 ナイトは口元にかすかな笑みを浮かべた。



「エレノア・リュミエール、復讐に燃える美しいお姫様。……俺が、飼い慣らしてあげるよ」



 風にさらわれて、呟きは虚空へと消える。

 血に染まった平野の真ん中で、白銀の鎧が夕日に照らされ、妖しく輝いていた。

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