「もちろんだ。俺は抵抗する。どれだけの傷を負うことになろうと、この街が壊されようと俺はこの街そのものだ。この街は俺の物だ。悪魔と揶揄され、獣だ、イタチだと呼ばれ、カラスや猫だと言われようが、どれだけ変わろうが俺は俺でしかない。この街がどれだけ破壊されても、変わっても変わらない。名前が変わって、たとえチュウカと呼ばれようが、変わらない。お前たちをこの街から追い出すだけだ」
チュウカがこのように応えると、女隊長の後方から戦車の音が聞こえ始めた。さっきぶっ壊した戦車が何台か動けたらしい。
「いやぁ、だいぶやられましたよ、姉さん。あのガキなかなかやるものですな。もう三台しか走行できませぬ。見てくだせぇよ、ほら、この通り。走る度、動かす度に装甲が剥がれ落ちてお釈迦に――」
装甲を落としながらなんとかやってきたと彼女に報告するこの男は、残存兵と負傷兵を本部隊へと集結させたリーダーのようであった。
ふと、またどこかで爆発が起こった。そしてかつてカラスやイタチと呼ばれていた男が、チュウカが。目の前まで歩いてきた。
「少年。これはお前だけの問題ではないのだぞ。お前の愛する街は、貴様のせいでこのように破壊された。これまで行ってきた悪事、此度の騒動の罪を認め、大人しく投降しなさい」
彼女はそう言ったが、チュウカはこれに応える答えを言わなかった。その代わりに最終通告を始めた。
「なぁ、お前はこの街がここに、この世界に存在しているのがなぜか考えたことがあるか」
敵部隊隊長は一泊空けさせられて言う。
「――なによ、それ」
二人の距離がゼロ距離に近くなったところで、チュウカは低めに薄められた少年の声で言う。
「この街には世の中が嫌うモノがたくさん存在している。性の売買、大量の酒と薬と暴力組織、不倫、闇取引、孤児、浮浪者、失踪者、偏思考、天邪鬼、非行、詐欺、一級虞犯。どれもお前らの考える正義には、正しいには当てはまらないだろう?」
チュウカは続ける。
「あの頃はよかったと昔を懐かしむ古い人間、大人を信用できない子供、古い価値観から抜け出せない人間、大人に作られた世界で制限された子供、過去の習慣を現代にすり合わせることができない人間、心が成長しないままに成長してきた子供と人間……まともだと思っている人間がまともな人間じゃないと決めつけられた人間と子供。……彼らは生まれ落とされた瞬間にこの性格を持ち合わせていたわけじゃない。そう言う人間じゃなかった。だからここに逃げ込んできた。この街がここにあるから。もう一度言うぜ? この街は俺その物だ。ここの街の性質は、人間の集まりは俺に帰属する」
「言ってる意味がわからないわ。どうしてこの状況でそんな事が言えるの? なに、社会が、一般社会があなた達を追い詰めたって言いたいわけ?」
「違うな。勘違いするなよ。俺はこの世界が悪いって言っているわけじゃない。俺がそっち側の人間と社会と街を咎めることもができないように、お前らが俺たちを咎める理由はどこにもない。お前らではこの街を、この街そのモノの俺を敵にはできない。敵にすらならない。普通じゃないって理由だけで、お前らのルールに反してるだけでこっちを攻撃できる理屈はない。誰にも屈しないぜ」
チュウカはここで背中から静かに偽中華包丁を抜いて、構えた。その切っ先は誇り高き女性の顔面をゼロ距離で捉えている。彼女の顔に突き付けられたこの偽物は、多くの鉄兵器を廃材にした痕、バカを卒倒させた痕、この街を守ってきた痕、それら全ての傷による傷だらけであったがどうみてもそれはただの鉄くずでしかなかった。刃がついているわけでも、銃でも、レーザーでもない。武器と呼ぶにはあまりにも粗末なおもちゃでしかなく、その特徴は頑丈さと刀身の長さだけである。それがここまでの威力と脅威となるのだ。その理由など、彼女には一生かかっても理解できないだろう。
「もう一度言う。この街から出て行け。血を見る覚悟がないなら、己の血でこの俺にそのレッテルを貼るつもりでないなら、どれだけでかい砲撃鉄くず戦車を持ってこようと意味ないぜ。帰れよ。意思無きあんたらにこの街は相応しくない。お前らにお似合いのホームタウンがあるんだろ。大都会に帰ってそのスクラップを有効に使っとけよ。軍人さんよ」
その次。偽中華包丁を突きつけたチュウカの後ろで破壊されて燃えている街が消えた。更地になって、その空が黒くなる。黒い渦になる。それは幻影。しかし、この街の正体でもある。それをチュウカは女軍人に見せた。どれだけ撃っても戦いは終わらない。チュウカには勝てない。捕まえられない。そんな簡単に、武力だけで捕まえられるのなら地元警察がとっくに捕まえている。一級虞犯少年だからな。賞金首モノだぜ。
チュウカは偽中華包丁の焦点を変えずそのまま向け続ける。彼女はゆっくりと目を閉じた。息は吐いていない。無論、チュウカには彼女が何を考えているかなど分からない。正義について考えているのかもしれないし、チュウカを捕縛する手段、最終措置として殺すことまで考慮しているのかもしれない。チュウカが裏街を爆撃されれば、多少は態度を変えるかと思っていたのかもしれない。しかし、チュウカはどれだけ殴ってきてもこの街が呑み込み、そしてこの街が望まないモノは排除すると言う。何か作戦をを考えているのかもしれないが、実は何も考えていないのかもしれない。チュウカの言葉など最初から聞く気がないのかもしれない。本心はわからないが、彼女がなにかを諦めたことだけは分かった。
「撤退します」
「……へ?」
「聞こえなかったの? 総員に通達。これにて作戦は終了。全作戦行動を中止し、直ちに帰還準備に取り掛かれ。……返事は?」
「りょ、了解!」
「おい、どうした女軍人。どういう風の吹き回しだ。 戦わないのかよ」
彼女が部下に命令下し、次々と戦車が裏街から、そして表街から姿を消していく。幾ら絶対的存在を、闇を見せたからと言ってすぐに帰るか? 言われたとおりに。さすがに普遍的な疑問を抱かざるを得なかった。手ぶらで帰ることはできないだろうと、何かしら戦果は手に入れないと国に責任を取られるのだろうと、だからまだ何かすると思っていた。あれだけの戦力を投入したんだ。莫大な金がかかっているに違いない。無論、彼女がこの疑問に答える道義はない。しかし答えてくれた。
「我々は破壊行為を命令されていたわけではない。現在俗称としてチュウカと呼ばれる一級愚犯……非行少年を逮捕することが任務だ。警察も日々手を焼き、捕まえることは愚かその居場所を特定することさえ困難だと言うから、我々が出てきた。新機体の実践投入という裏の目的ももちろんあったが、そんなことは私には関係ない。任務外のことだ」
「おい、まだか」 彼女は他の戦車の応急修理はまだかと問う。残念ながら、反応は芳しくなかったようだ。
「さっきの部下も言っていたが……ほんと、よくやってくれたな。私の愛車もスクラップ寸前だ。新兵器しかまともに残ってない。やれやれ」
「……おい、捕まえるべき犯罪者はまだ目の前にいるぞ」
チュウカの睨みに対して、彼女は既に、もう優しい目になっていた。高々と高く笑い飛ばす余裕なら確かに残っているだろうに。ただ、微笑みだけで済ませて言った。
「お前は本当に都市伝説みたいだよ、噂は真だった」
彼女はそれだけをチュウカの目線に合わせて言うと、目線を本来の方向へ戻した。
「報告。対象はロスト、生死不明、こちらの被害甚大。以上より任務続行不可と判断し、これより帰投する。詳細は追って報告する。以上」
こうして軍はチュウカの目の前から消えた。意外で拍子抜けな幕引きかもしれないが、それがすべてである。
ーーあまり悪さするなよ、少年。戦車を率いてまたここに来るのはそれこそ骨が折れる。
ーーそれはお互い様だ。