「へえ、この娘が」
「ああ。その、すまないが頼めるか?」
「いいよ、チュウカの頼みだもの。……おいで、こっちよ」
軍と衝突してから数日後の裏街。時間はチュウカの活動時間。つまり夜。
破壊された裏街は驚異的な速度で復活していた。この店もそうだった。
以前チンピラ共に破壊された時より、綺麗になった店内。アキラの店を訪れたチュウカは、性販売に手を染めて幾星霜な女子高生という愉快な手土産を持って来ていた。人質としていたが、この店の人間に回収を任せていた。ここで働かせれば、幾分かマシになるだろう。
本日この店は貸し切りとし、裏街の主たる人間から存在すら忘れた人間、認識すらされていなかった人間などが、つまり裏街の人間がたくさんたくさん押し寄せた。似たような笑顔と涙でチュウカの元を訪れた。みな喜んだ。店はチュウカの軍撃破祝勝会と銘打っているが、チュウカに勝利の実感はない。
「はーい、こんばんは♪ ゆいです!」
またこの女か。しかし、いつもの女性陣はパーティーと俺が連れて来た女子高生の対応で忙しい。新人は挨拶だけ終えると、指名されない限りは暇なようだ。
「指名した覚えないけど」
「ん~? じゃあ、逆指名?」
「……やめてくれ。ガキ相手に使う言葉じゃない。それと、このアヒージョってなんだ?」
「あ、それ私知ってる! 昨日聞いたの! えっと、えっと……」
彼女はわざとらしく、しかしそれは紛れもなく彼女自身である証拠でもある仕草であった。覚えていることを既に思い出しているのに、まだ思い出すふりをして、それからようやく思い出した時の真似をした。
「ニンニク! ニンニクって意味だよ! たしか、アメリカかどっかの言葉で――」
「スペインな。それと、アヒージョは〝刻んだニンニク〟のことだ。だから、無難に名づけるんなら、きのこと鶏肉のアヒージョってとこか」
「すごい! アキラさんってプロのシェフだったんだ!」
「どうせ、あいつ料理サイトに出ているレシピを読み上げただけだけろ」
ゆいの言葉によって大いに機嫌を良くしたチンピラ擬きのアキラであったが、チュウカの言葉によってすぐにしょげてしまった。山の天気よりも変わりやすい性格だな。
「今日は最後まで居るの?」
「いや、食べ終わったからもう帰るよ。あらかたの裏街人間にも挨拶し終わったし。俺は芸能人でもないしな」
「そっか。わかった」
すると、彼女は少し心から嬉しそうにして、それから寂しくなったようだった。こちらの女はここ数日で天気予報より予報しやすくなった。天気予報なんて見ないけどな。
「じゃあ、いこっか?」
「ああ」
あれからすぐに、軍を追い払った直後に彼女は俺を引き取りたいと言った。俺は断ったが、衣食住屋根あり布団あり性の世話ありお小遣いありと言われたので期間限定で了承した。
チュウカは偽中華包丁をもう持っていない。この店に置き忘れたことにした。もう持つことを辞めた。仮にも女と暮らすんだ。物騒なもの持ち込めないだろ。家に引き篭もるんなら、戦う必要も無くなるしな。
アキラに一言掛けて、扉を開けて待っているゆいの方へ足を向けた。後ろの方で今夜の主役が抜けたら困るとかどうとか言っていたが、俺はそんなに必要性が高まった人間になった覚えはない。いつもいつでも裏街(このまち)の居候だし、街に借りも返さない一級虞犯少年だ。
色気しかないつまらない話をしても仕方ない。また何かトラブルが起きたら話すだろうよ。
じゃあ、また今度。そのうちに。
.01st 了
→続