鉄の風が吹いていた。気温は相変わらず低空飛行で、空気は淀みを忘れていない。
「……っ!」
鉄の嵐が降り注いでいた。宙を舞う殺戮兵器、無人攻撃機の目標は、ボロアパートで作られた狭い路地を駆ける少年。剥がれかけているのにとても丈夫な壁は蹴って飛ぶのに最適だ。殺傷にしか興味の無い物理的殺意を、新たに拾った電車の廃車の車体から引き剥がした鉄扉で防ぎ、反撃に空から攻撃してくるドローンの破壊に役立つビニールパイプを振る。振りかぶった勢いで上から叩きつければ、あんなもの、すぐに悲鳴をあげて炎上する。無造作に幾らでも現れるが。
「……まったく、キリがないな……」
一つ落ちればまた一つ上がる。目標を定め、スイッチが遠くで押される。その繰り返しを一時間ぐらい続けている。
どこかで蹴りをつけないと、もう一時間付き合わされる羽目になる。
「ここで勝っても、最終的な勝ちにはならない、か……」
チュウカはアパート群を飛び越え、飛んで潜って、高跳びして雑居ビル群へ入った。鳴りやまない攻撃と遊びながら走った。目標を見つけたチュウカはすぐ壁へ飛び、両の足だけをつけて窓ガラスに得物を突き刺し、叩き割って侵入した。
「おい、何してんだてめぇ!! ここがどこだと知っての愚行――」
割れた窓からいかついだけのおっさんが顔を出した。当然のように怒っていたが、すぐに引っ込んだ。チュウカを狙った銃弾が降ってきたからだ。そして反撃に仲間と共に撃ち返し始めた。
「おいっ、ごらぁっ!!」
標的が一時的とはいえ、逸れた。
無人飛行攻撃部隊から逃れたチュウカは、力が抜けた体を自動操縦でいつもの場所へと運んでいった。
辿り着いたのは最近のお気に入りの場所。
そこはスロットマシーン数台とブラウン管テレビとその他家具が捨てられてている小さな違法地帯。秘密の隠れ家。コンクリートむき出しの扉を失った屋根のない建物だった。つまり、廃品のごみ捨て山。
ゴミ山に引きずったビニールパイプを立てかけ、ついでに自分も座り込んだ。廃品の山を背にして少し目を閉じた。諍いなど、日常であるはずなのに妙に疲れていた。
「クロネコでも、どうしようもないことがあるのね」
女の子の声だった。幼さが忘れれない、初恋に似た綺麗な声。
「……ずいぶんと懐かしい呼び名だ」
その声に、名前に、人間らしい懐かしさを覚えた。前の街でしか聞かなかった名前。ワルガキをネコとかノラとか呼んでいた、前に住んでいた前の街。そこで呼ばれた、現在のチュウカになるずっと前の名前。泣きたいほど懐かしいけど、鍵を掛けなければいけない代物。もう、泣けないから開けられないのに。心が真面目な夜となるのは、なかなか辛い。
そんな古い名を、今は無き名前を呼ぶやつが、この街にいただろうか? と、思った。
いや、来たのか。
「柚涼(ゆずり)か」
柚涼とは、前の街に゙居た時にであった少女である。全ての元凶であり、すべての大元であり、大罪そのものである。
「あいつらはなんなんだ、あの飛行機は。ドローンだっけか? お前の仕業か」
「知らないよ。あなたの街の問題でしょ」
「まあ、そうだけど」
そうしたら、そうしたらなぜ。今、柚涼が。
「ずいぶんと久しいじゃないか。この街にはもう姿を見せないと思っていたぜ。……なあ、ひとつ聞いても良いか。こうして出てきたってことは何か意味があるんだろうが、用事とか理由とかがあるんだろうが、そんなことはどうでもいい。後で幾らでも聞いてやる。だから答えろ。なぜ今現れたんだ、柚涼。俺をこの街そのものに仕立て上げた悪魔さんよ。今じゃなくてもよかったのか、今じゃなきゃダメだったのか」
「さあね、どうだか。理由も目的もないよ、たぶん。おはなししようかなって。私にできるのは事実確認だけだから」
柚涼はその顔で、こっちを覗き込むようにしてその初恋のような笑顔を見せた。