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.Ⅱ05..sn20

 この街に来る前、裏街に来る前、チュウカは他の街に居た。今とは全然違う地方の、同じ国の、違う街に居た。



 親を知らず、いつもひとりきりで、ホームレスで、盗みや暴力で生きていて、悪知恵と逃げ足だけは早かった。そうやって大人や警察から逃げて、盗んで生きていた。だから今と変わらないといえば、そう大きくは変わらない生き方をしていた。



 ある日、車に引かれた。事故だった。もう助からないほどの大怪我で、つまりは死が訪れたのだった。朦朧とする意識の中で、彼は少女を見た。それが柚涼だった。



「こんにちは。私は、天使だよ。神様でもあるかな。でも本当は悪魔なの。ねえ、私と契約しない?」


「けいやく……?」


「そう、契約。私の街をね、ここじゃなくて少し遠いところにある街なんだけど、その街を守ってほしいの」


「はっ……。悪魔だか何だか知らないが、お断りだね。他人の指図なんか受けるかよ」


「えーっ、でもこのままだと死んじゃうよ」


「その口ぶりじゃ俺を神様かなんかにするつもりなんだろう? やだね、人のまま死なせてくれ」


「じゃあ、悪魔の気まぐれで、神様の気まぐれで、助けちゃうね」


「はっ? おい、そんな」



 そうして俺の命は助かった。しかし気まぐれなので、色々と条件付きだ。七割位は人間のまま。三割位が悪魔で神様。街に、裏街と呼ばれる街に囚われる、つまり地縛霊のような扱いになること。基本的には人間の活動範囲で活動すること。少し身体能力がアップもあるかもしれないこと。以上。基本的には人間だから、自分で頑張って生きてね。とのことだった。目茶苦茶である。



「俺は悪魔だよ。クロネコとも呼ばれていたが、今はチュウカってみんな呼んでるぜ。ケケ」



 こうして彼はこの街として、この街そのものとして生き始めた。生き神として、守り神として、しかし、人間として。彼が完全に認知され、存在が街に轟いてチュウカと呼ばれるようになるのはそれから少し話があって、先のことになる。初期は悪魔とか、クロネコだった。それが名前だった。獣とか、イタチとか、カラスとかもあった。元々名前のない不良少年だったのだ。虞犯少年だっけか。まあ、いい。どちらにしても名前はいつも変わったのだ。新しくなっても、昔の名前で呼ばれても、それは彼にとって大したことではなかった。問題なのは、彼女が現れたこと、その事実だった。



「どうしていまさら現れた」


「なんで、前は結構頻繁に顔出していたじゃない」


「あれは、師匠がいた頃の話だ」


「その前も!」


「……まあ、そうだったかもしれないが。でも、久しぶりなのは、そうだろう」


「そうだね、久しぶりだね」


「お前のせいで不老不死になって、この街に半永久的に貼り付けられているんだ。少しは責任ってやつを」


「でも、この生活嫌じゃないでしょ? それとも嫌だ?」


「まあ、この街は嫌いじゃない」


「良かった。私の街だもの」


「そうだな、お前の街だ」



 チュウカは街そのものであっても、本当はチュウカの街ではないと、そう自覚していた。いや、もちろんチュウカは街そのものだから、ここはチュウカの街で、この街は俺の街なのだが、そうではあるのだが、彼女の前では、それは違うと、そう思った。彼女の前でだけは、違うと、そう言わなければいけなかった。そう思った。




「それで? どうするの、あのおもちゃたち」


「そうだな、どうするかな」



 正直、相手にするのも面倒になってきた頃合いである。そして一言言ってやりたい頃合いでもあった。



「よしっ、ちょっと言ってくる」


「いってらっしゃーい」



 チュウカは陰から表に出て、そして辺りを飛行している敵を見つけた。チュウカは飛び、機体にパイプを突き刺し、そして共に落下、着地。まだ生きてるカメラを手にとって自分に向けるて言った。



「出てこい、そこのお前! 出てきやがれ、クソ野郎。どこからこんなおもちゃ飛ばしてんだ? どこのどいつか知らないが、正面から来い! 俺は相手になるぞ。来ないならこっちから行く。俺を敵にした人間の多くは後悔することになるって、誰か言ってたぜ。じゃあな」




 カメラはそこで壊した。


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