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第14話 届かないキョリ

入国制限となり鈴木の一時帰国は延期となってしまった。

制限解除の見通しも経っていない。楽しみにしていた旅行どころではなくなってしまった。

しかし、今の世界中の混乱や自分の身の周りにも降りかかってくるかもしれないという恐怖で、人々は旅行など余暇を話題に出すこと自体が非常識という目で見るような流れも生まれつつあった。



早苗も、鈴木のことが心配で気が気じゃなかった。

今までだったら、側にいるから体調が悪くなったら看病もできる。

鈴木は来てはいけないと言いそうだが、食料を届けるなど何かしら力にはなれた。



しかし、今は鈴木が苦しんでも何も出来ない。

今までは、時間はかかるが鈴木の元へ向かうことが出来た。

しかし、今は時間だけでなく物理的に不可能だった。

渡井に出来ることはメールや電話で励ますことだけだ。


「く…苦しい…。楠木、楠木----」感染して助けをもとめる鈴木が夢に出てきてゾッとしてうなされて目覚めたことも何度かある。胸が苦しくなり、脂汗をかいている。

無力さとやり場のない怒りや哀しみ、そして実際になってしまったら…と思う恐怖で眠れない日々を過ごしていた。




それでも二人は、繋がっているという確信が流れていた。

以前よりもマメに電話やメールをするようになった。


鈴木は、最初のうちは出勤していたが設備が整いリモートワークに切り替わった。今では生活のほとんどが家の中で完結するらしい。現地の人に会うこともなく、自宅のパソコンとにらめっこする日が続いているそうだ。

テレビ電話をすると自宅の回転式のPC用チェアに座って手を振っている鈴木の姿がある。



「おはよー今日も在宅だよ。家から全然出てない。なんかお尻と椅子がくっつきそう」

「ふふ、鈴木少しは動かないと太ってぷよぷよになっちゃうよ」

「え…おじさん体型にだけはなりたくなかったからそれは勘弁…」

こんな冗談を言って笑いあった。鈴木との電話の時間は、安心と安らぎを与えてくれた。



『今日もお互い元気だ。世界中が、私と鈴木のように元気で不安を支えあえたら、制限も早く緩和したりしてくれないだろうか…』

無理だと思いながらも、早苗は微かな希望を願っていた。



『もっと早くネット環境とパソコン、スマートフォンがあればどこでも仕事が出来る環境が出来ていたら、海外に行かなくても良かったのではないか…。』そうしたら、鈴木と側にいて支えあえたのに…そんな考えが頭をよぎったが言葉にしないようにしていた。



誰が悪いわけでもなく、行き場のない哀しみ・怒り・無常観・様々な感情が入り交じっていた。それは早苗と鈴木だけでなく世の中全体が抱えていた。みな希望の光を求め荒野を彷徨い続けている。



早苗は、家で過ごす時間が増えたことから料理を楽しむことにした。

今まで手が出なかった蒸篭も購入した。蒸し野菜だけでなく、しゅうまいも自分で作り休日を楽しんだ。


『鈴木が帰ってきたら、この蒸篭でしゅうまいを作ろう。そして鈴木の目の前で蓋をあけるんだ…。そしたら興味持って覗き込んだ鈴木の眼鏡がまた曇るんだろうな。」

眼鏡が白くなった鈴木の姿を想像して静かに微笑む。



会えなくなったのは寂しかったが遠く離れていても心の距離は縮まっている。

私たちは支えあっている。早苗はそう確信していた。そして、少しでも早く「次」が来ることを切望しながら今日も、寂しいと思う心の穴をお互いの存在で埋めていた。






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